日本維新の支持率低下が止まらない…壮大な無駄を生む「IR・万博」で大ブーメランの大阪維新がつけるべき落とし前(現代ビジネス 2023.10.26)
伊藤博敏 ジャーナリスト
「万博・IR」という爆弾
統一地方選で地方議員の数を1・7倍に増やし、次の衆院選で立憲民主党を追い上げて野党第一党の座を伺う勢いだった日本維新の会に陰りが見える。
後輩の大阪市議にセクハラを繰り返していた府議、市議2人を公設秘書にしていた代議士がいて、所属議員に相次いだ政治資金収支報告書の不記載や修正は藤田文武幹事長に及んだ。馬場伸幸代表にも社会福祉法人の乗っ取り疑惑が報じられている。
党に無断でロシアを訪問した鈴木宗男参院議員は、除名の前に離党し、馬場代表の顔色を失わせた。人気が高いとはいえ共同代表の吉村洋文氏は大阪府知事で自治体首長。党務を担う馬場代表、藤田幹事長の軽量感は否めない。
加えて維新は、「万博・IR」という爆弾を抱える。既に、建設費増額、工事遅延が確実となり、報じられる度に維新人気は下がる。
10月20日、万博主催者の日本国際博覧会協会(万博協会)は、会場建設費が最大2350億円になることを3者で建設費を分け合う国、大阪府・市、経済界に伝えた。2度の増額で1・9倍。加えて工事遅延は深刻で、「万博の華」といわれる海外パビリオンの数は、建設予定の約60ヵ国から急減するのは避けられない。
事態を憂慮した岸田文雄首相は関係閣僚に「政府主導で作業を加速するように」と指示した。この情報に維新幹部はいっせいに反応。吉村府知事は「政府主催やから当たり前」と語り、馬場代表は「国のイベント。大阪の責任じゃない」と言い放った。維新は、大阪府・市の遅れを政府が尻拭いする印象となるのを恐れた。
維新は、地域政党「大阪維新の会」として10年4月、当時の橋下徹大阪市長を代表に結成された。以降、「身を切る改革」で首長や議員の給与を削減する一方、高校授業料の無償化、子供の医療費補助、給食費無料化などに取り組んで人気を集めてきた。幹事長は今年4月、政界を引退した松井一郎氏だった。
「ドケチ維新」の成長戦略だった夢洲開発
既得権益の巣窟でムダの集積である「府」と「市」の二重行政を改善するとして「大阪都構想」を打ち出し、住民投票に打って出た。結果は2度とも否決だったが、維新人気は揺るがず関西地区は維新が圧倒する。
「ドケチ維新」といわれ、それを恥じなかった橋下-松井体制が挑んだ成長戦略が、万博とIRを利用する夢洲開発だった。
浚渫土、建設残土、一般ゴミなどの処分場として埋立を開始し、土地造成を経て6万人が居住する新都心とする予定が、バブル崩壊で頓挫した。その広大な「負の遺産」を、「IRで活用する」と宣言したのが橋下氏だった。10年10月には、「(カジノなど)猥雑なものやエンターテインメントはすべて大阪が引き受ける」と語って物議をかもした。
夢洲をカジノで活性化、同時に万博を誘致してインフラを整備、「万博・IR」で大阪を再生しようとした。万博が持ち上がったのは13年だった。その様子は、松井氏が引退後に著した『政治家の喧嘩力』(PHP)に詳しい。
大阪府・市の特別顧問を務めていた堺屋太一、橋下、松井の3氏が北浜の寿司屋で食事をしていた時、「大阪を成長させていくためには、世界的にインパクトのあるイベントが必要だ。橋下さん、松井さん、もう1回、万博やろうよ」という堺屋の声掛けでスタートしたという。堺屋氏は成功を収めた70年大阪万博の責任者のひとりだった。
松井氏は続けて政界工作を明かしている。15年末の安倍晋三首相(当時)、菅義偉官房長官(同)、橋下、松井の4人忘年会で、松井氏が安倍氏に「超高齢化社会への対応を万博というイベントでアピールしたい」と訴え、安倍氏が「菅ちゃん、ちょっとまとめてよ」と声をかけて万博誘致が具体化したという。
橋下氏は大阪都構想の否決を受けて15年末、大阪市長の任期満了で政界を引退する。その直前に立ち上げたのが、国政政党「おおさか維新の会(現・日本維新の会)」だった。松井氏は「是々非々野党」を標榜するが、憲法問題や成長戦略などは自民党に近く、「自民党の補完勢力」と見なされている。
予想できた不備
安倍一強政治が続くなか、維新が国政政党としての足場を固め、存在感を発揮することができたのは、月に一度は面談を重ねたという松井-菅のホットラインがあったためであり、「万博・IR」には安倍政権の後押しが欠かせなかった。菅氏は大阪府・市の特別顧問として右腕の和泉洋人元首相補佐官を送り込み、万博の実務に当たらせている。
その維新スタート時からの「売りの戦略」である「万博・IR」が今、とんでもない重荷となって維新を揺るがせている。
ウクライナ戦争をきっかけとする資源高、コロナ禍をきっかけに始まった人手不足など不可抗力の要素もある。だが、予想できた不備は少なくない。
万博、IRとも会場はゴミ・廃棄物処分場だっただけに地盤改良が必要だった。松井氏は「IRに税金は使わない」と豪語したが、788億円の予算化を余儀なくされ、万博と合わせると地盤改良予算の「天井」が見えない。
また居住地ではないだけに、上下水道や電気などのインフラは整備されておらず、交通ルートは橋とトンネルの2本しかなく工事が本格化すれば渋滞は免れない。しかも建設業の時間外労働の上限規制は、来年4月から適用されることになっており、人手不足はますます深刻化する。
維新人気は、橋下徹代表という創設者のカリスマ性と情報発信力、それを支える松井一郎幹事長の手堅い戦略で「身を切る改革」を実現して人気を集めた。
夢洲という放置されたドロドロの湿地を万博やIRで再生させる戦略は、土壌、交通、インフラに難があって膨大な資金を要する「カネ食い事業」となることは予想できたハズだが、安倍政権との連携という安心材料と、「嫌なら選挙で(自分たちを)落とせばいい」という橋下流の粗雑な論理で押し進めてきた。
日本維新よりも先に大阪維新の問題を
維新を去った2人の創業者は「万博誘致」を功績としてアピールしたが、「行政のムダ」の追及と「壮大なムダ」を生む「万博・IR」との二律背反は、政権とメディアの双方に足場を持つ橋下-松井体制でこそ成り立った。
党を離れた2人は「松井橋下アソシエイツ」というコンサルタント会社を立ち上げ、今年7月、ホームページを開設した。そこにはこう書かれていた。
<松井一郎・橋下徹と一線で実務を行ってきたプロフェッショナルを中心とするチームが、その経験・知識・人脈を活かして、貴社が必要とする行政組織、関係企業とのアクセス・調整をスムーズにし、貴社の事業を円滑に進めるサポートをします>
既得権益を利用した「口利きビジネス」というしかない。「結局、維新は身を肥やす改革か」といった批判の書き込みが相次ぎ、橋下氏はすぐにツイッターで<こんな批判を受けるのはめんどうくさいので活動は中止>と表明し、ホームページも閉じた。
統一地方選後、逆風が続く維新はしだいに人気を落としており、NHKの世論調査(10月10日)では、支持政党率が前回から0・9%減の4・9%となって立憲民主党に逆転を許した。22日の奈良・橿原市長選では、維新元職が自民推薦の現職に大差で敗れた。
国民政党「日本維新の会」を野党第一党に飛翔させる前に、地域政党「大阪維新の会」で進めてきた「万博・IR」の諸問題を逃げることなく解決すべきだ――。
そう感じている国民は少なくない。
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伊藤博敏 ジャーナリスト
1955年、福岡県生まれ。東洋大学文学部哲学科卒業。編集プロダクション勤務を経て、1984年よりフリーに。経済事件などの圧倒的な取材力に定評がある。著書に『黒幕 巨大企業とマスコミがすがった「裏社会の案内人」』(小学館)、『鳩山一族 誰も書かなかったその内幕』(彩図社)、『「カネ儲け」至上主義が陥った「罠」』(講談社)、『トヨタ・ショック』(井上久男との共編著・講談社)など。近著『同和のドン 上田藤兵衞 「人権」と「暴力」の戦後史』(講談社)。