国内最大級の風力発電計画、なぜ頓挫 「適地」青森 識者の見方は

「(仮称)みちのく風力発電事業」の実施想定区域に含まれていた八甲田山系の山々=青森市の田代平湿原 社会

国内最大級の風力発電計画、なぜ頓挫 「適地」青森 識者の見方は(毎日新聞 2023/10/22 10:30 最終更新 10/22 12:06)

青森県の八甲田山系で計画中だった国内最大級の「(仮称)みちのく風力発電事業」の事業者、ユーラスエナジーホールディングスが10月、事業撤退を表明した。強い風が吹き、風力発電設備の導入量で全国最多を誇る地域で計画はなぜ頓挫したのか。メーカー技術者の立場で風力発電開発に携わった経験がある弘前大地域戦略研究所長の本田明弘教授に尋ねた。【聞き手・江沢雄志】

みちのく風力発電事業の進め方には、どこに問題があったのでしょうか。

そもそも今回の計画は、従来の環境影響評価(アセスメント)で想定していた規模から考えると計画区域が広すぎます。また、はたから見ていると住民の方々の声を吸い上げるところが少し不足していたのかなという気はします。

今回の計画には景観や環境への負荷を懸念する地域住民、地元の首長がこぞって反対しました。

(環境アセスメントで第1段階の)配慮書を事業者が出す前、計画初期の段階で地域のニーズを丁寧に調査すべきでした。地域住民が事業を応援する気持ちになるような仕組みが必要だからです。

例えば大都市への送電だけでなく、八甲田のロープウエーに使う電力も供給するとか。そうでないと「見知らぬ業者が来て、家の前に大きい構造物をつくってもうけている」という反発につながるでしょう。

地域の人が実感できる価値 大切

地域振興策が不十分なのでしょうか。

国が考えるエネルギーの価値には4要素があるとされています。環境適合、経済効率性、安定供給と安全性。これに加え、私は持続可能性と社会的便益が必要不可欠と考えます。地域を比較的長い期間、支えられるようなエネルギーがいいのではないかというのが持続可能性です。

風というのは地域のエネルギーで、そう簡単にはなくならない。近くにあるのなら、上手に使ったらいい。それも地域の人が実感できるような価値を付けるのが一番大切です。

事業者が自治体へ税金を納めるだけでなく、さらに住民の実感につながる工夫が大切です。電気料金が他の地域より安くなるなど、現場に近い人たちが何らかの恩恵を受ける仕組みを作る必要があります。

八甲田山系は風力発電の適地ではなかったのでしょうか。

風の吹き方という意味では非常にいいですが、それが発電にいいかどうかは別問題。住民が受け入れるかどうかに尽きます。

景観などでマイナス面がある一方、事業者が収益の一部を地域に分けることで収入面はプラスになる。それを比較して事業を受け入れるかどうかは、自治体が住民の意見を丁寧に吸い上げた上で、どう判断するかにかかってくるでしょう。

青森県は9月に「自然環境と再生可能エネルギーとの共生構想」を発表し、陸上風力についても建設禁止区域を指定するゾーニング条例の制定に向けて検討を始めています。

ゾーニングの方法にも課題はありますが、ゾーニングができていれば、今回のようにいきなり計画が明らかになり、摩擦が生まれることは減らすことができると思います。事業者の「一方的な片思い」になってしまう可能性もあるので、地域の状況をよく理解して事業計画を立ててもらうには、市町村レベルでゾーニングを義務づけるのもいいかもしれません。

風力発電をどのように生かしていくべきでしょうか。

青森の風況の良さは全国で見ても突出しています。特に洋上風力に関しては県外や国外の事業者から注目を集めています。風は地域の資源という意識で、地域の活性化につなげていきたいですね。

地域がどう戦略を練ってどうこの資源を生かしていくかが、今後の再エネ導入の試金石になると思っています。長い目で見て、地域にある資源を最大限生かせる仕組みをつくっていく必要があります。

ほんだ・あきひろ
1958年生まれ。京都大大学院修士課程修了。工学博士。三菱重工業で風力発電開発などに携わった。2016年に弘前大教授、18年から現職。NPO法人青森風力エネルギー促進協議会理事長、一般社団法人日本風力エネルギー学会副会長。

みちのく風力発電事業
風力・太陽光発電事業大手のユーラスエナジーホールディングス(東京)が2021年9月に公表した国内最大級の陸上風力発電計画。当初計画では青森市や青森県十和田市、平内町など6市町にまたがる八甲田山系の約1万7300ヘクタールの区域に120~150基の風車を建て、最大出力は約60万キロワットだった。当初の区域に十和田八幡平国立公園の一部が含まれ、景観への影響などを懸念した市民団体などが反対運動を展開。事業者は計画をおよそ半分に修正したが、6市町長や知事から白紙撤回を求める要望を受け、23年10月10日に事業取りやめを発表した。