「認知症予備軍」が一発でわかる6つの重要サイン 「味つけ変わった」「小銭を出すの面倒」は注意(東洋経済ONLINE 2023/02/24 14:30)
浦上 克哉 : 日本認知症予防学会理事長・鳥取大学医学部 認知症予防学講座教授
〝認知症予備軍〟と呼ばれ、認知症になるかどうかの「最後の分かれ道」とも言われる「軽度認知障害(MCI)」。では、普通の認知症とどこが違うのか? 軽度認知障害かどうかを判断する基準はどこにあるのか? 本稿では、『もしかして認知症?』より、あなたが「軽度認知障害(MCI)」なのかどうかがすぐにわかるポイントを解説する。
もの忘れ以外の兆候「興味関心の減退」
認知症には、もの忘れ以外にも、「いろいろなものに対する興味関心がなくなる」「これまで興味があったことへの興味がなくなる」といった兆候もあります。いろいろなものに興味関心がもてなくなるというのは、認知症を引き起こすリスク因子(原因)の1つです。
そして、認知機能の低下が始まっているMCIになると、興味関心をさらにもちにくくなり、認知症が進むにつれて興味関心がどんどん減退していきます。つまり、興味関心がなくなるというのは、認知症の原因でもあり、結果でもあるのです。
こうした事例の典型的なパターンを紹介しましょう。現在の60代、70代には、仕事人間だった人がたくさんいます。こうした仕事人間だった人が定年退職すると、何もやることがなくなってしまいます。仕事が趣味だったので、それ以外の趣味がありません。毎日テレビを見ながらゴロゴロしていると、認知機能が徐々に低下していきます。
興味関心がもてるものがない。その結果、身体を動かすこともなければ、頭も使わない。こうした生活を毎日続けていれば、脳の使われない神経細胞は弱っていきます。脳の神経細胞が弱るにつれて、脳の働きも悪くなっていき、思い出さなければならない大事なことまで思い出せなくなります。定年退職した段階では健康だった脳の神経細胞も、使わないことで次第に弱り始め、MCIになり、さらに認知症へと進んでいくのです。
人間の脳には無数の神経細胞があります。この神経細胞が何らかの要因で弱ることでMCIになり、神経細胞が完全に死んでしまうと認知症になります。一度死んでしまった神経細胞を生き返らせることはできません。ただし、弱っている神経細胞であれば、予防して回復させることができます。弱っている神経細胞を元気づけてあげることはできるのです。
認知症になると回復が見込めないのは、脳の神経細胞がほとんど死んでしまっているから。一方、MCIは、脳の神経細胞がまだそれほど死んでおらず、弱っている状態であるため、元気づけてあげることで正常な認知機能に戻る可能性があるというわけです。
知っておきたい「認知症」4つのタイプ
軽度認知障害を考える上で、認知症の正しい知識についても、知っておいていただきたいと思います。実は、認知症は1つの病気だけを指す言葉ではありません。認知症は、「病気の症候群」であり、100種類ぐらいあると言われています。
MCIは認知症の直前の状態ですから、厳密に言えば、MCIも同様に約100種類あるということになります。だからと言って、100種類を全部知っておく必要はまったくなく、知っておいてほしいのは、次の4つのタイプです。
1 アルツハイマー型認知症
2 レビー小体型認知症
3 血管性認知症
4 前頭側頭型認知症
認知症で一番症例が多い、つまり患者数が一番多いのがアルツハイマー型認知症です。アルツハイマー型認知症が、認知症全体の6〜7割を占めています。これまで述べてきたもの忘れという「記憶障害」は、どのタイプの認知症でも見られる症状ですが、レビー小体型認知症では、幻覚や妄想などの症状が出ることがあります。血管性認知症では、悲しくないのに泣いてしまう、あるいは、おかしくないのに笑ってしまうといった「感情失禁」と呼ばれる症状が出ることがあります。
それぞれのMCI段階でも、同様の症状が出ることがありますが、「見えないはずのものが見える」などと言い出したり、何を聞いても泣き出すようになったら、「これはおかしい」と家族が気づき、医療機関を受診するでしょう。このため、レビー小体型認知症や血管性認知症は、MCIの段階で発見しやすいと言うことができます。
一方、発見が難しいのがアルツハイマー型認知症のMCIです。アルツハイマー型認知症は、誰もが明らかにおかしいと思うような症状がMCI段階で出ることは少なく、歩き方が不自然になるなどの運動系の障害もないため、健忘症によるもの忘れだと考えられて見逃されやすいのです。
MCIか否かを判断する「6つのチェックポイント」
認知症の6〜7割を占めるアルツハイマー型認知症は、MCIの段階で見つけるのが非常に難しいのですが、例えば、次のチェックリストの中で該当するものが2つ以上あるなら、MCIが疑われます。
MCIのチェックリスト
□1 料理をする際、同じ献立が続いたり味つけが変わってきた
□2 服装の流行や季節感を考えるのが億劫になった
□3 話し始めてから、何を話そうとしたのか忘れてしまう
□4 洗濯をしたあと、干すのを忘れてしまうことがたびたびある
□5 小銭を出すのが面倒で、お札で会計することが多くなった
□6 興味や喜びを感じる機会が減ってしまった
このチェックリストは、私の長い臨床経験の中で、特に頻度が高い事例をもとに、早期発見に役立つものを6つ選んだものです。自分のチェックにはもちろん、両親や親戚、友人などの周囲の人たちをチェックするのにも活用できます。
① 料理をする際、同じ献立が続いたり味つけが変わってきた
認知機能が低下すると、複雑で難しいことや、手間暇がかかることが面倒くさくなり、やりたくなくなってしまうということがあります。料理はこうしたことの典型であり、かつ毎日行うことなので、チェックしやすいと考え、リストに入れました。
夫婦2人のときには手の込んだ料理をつくっていたのに、パートナーを亡くし、1人になったとたんに料理をしなくなったという高齢者も多くいます。若い人でも一人暮らしだと「自分だけだから」と料理をせずに、インスタント食品やスーパーやコンビニの惣菜ですませるなど、食事がいいかげんになりがちですが、これは高齢者も同じです。
また、もの忘れがあると、調理中に塩や砂糖を入れ忘れたり、逆に塩を2回入れてしまったりして、味が変化してきます。こうなると、当然ながら、美味しい料理にはなりません。料理を美味しくつくれなくなったことで、かんたんな料理しかつくらなくなる、同じ料理ばかりになるということもあります。
② 服装の流行や季節感を考えるのが億劫になった
外出をする機会が多ければ、自然と人目を気にすることになりますが、外出しなくなると、「どうせ自宅にいるだけだから」「誰とも会わないから」などと服装に気を使わなくなります。おしゃれにとても気を使っていた女性が、服装や化粧に気を使わなくなったとしたら要注意です。いろいろなことへの興味関心が薄れてくると意欲も低下してきますので、いっそう、「服装などどうでもいい」と考えるようになります。
季節の移り変わりに関しても興味関心がなくなると、着るものや食べるものも年中同じになります。暑くなってきたのに長袖を着ている。逆に、朝晩寒くなってきたのに半袖姿で外を歩いている。こうしたことも、認知機能が低下し始めている兆候です。
同じ話を何度もしてしまう
③ 話し始めてから、何を話そうとしたのか忘れてしまう
ちょっとした雑談であっても、話している途中で自分が何を話したかったのか忘れてしまう。あるいは、話し終わったとたんに、自分が何を話したのかを忘れてしまう。こうしたことがあったら、認知機能の低下が疑われます。
同じ話を何度もするのも、認知機能の低下によるものと考えられますが、自分では同じ話をしているつもりはないので、自分で気づくのは難しいかもしれません。相手が同じ話を何度もしたり、質問されて答えたのに、また同じ質問をしてくるといったことがあったら、話し相手の認知機能の低下が疑われます。
④ 洗濯をしたあと、干すのを忘れてしまうことがたびたびある
若い人でも洗濯物を干し忘れてしまうことはあります。しかし、たびたび忘れてしまうようになると注意が必要です。洗濯物を干したり、たたんで片付けたりするのは、おばあちゃんが担当することが多いので、こういう事例も入れてみました。
コンロの火をつけっぱなしにしてしまい、鍋やフライパンを焦がしてしまう。風呂や流しの水を出しっぱなしにして忘れてしまう。こうしたことも、1回だけなら心配いりませんが、たびたび起きるようになったら要注意です。
⑤ 小銭を出すのが面倒で、お札で会計することが多くなった
認知機能が低下すると、判断や行動に時間がかかるようになります。いろいろなことが、以前のようにテキパキとできなくなるのです。レジで会計をする際、後ろに何人も人が並んでいると、「小銭を数えて出すのに時間がかかってしまうと、後ろの人に迷惑をかけてしまう」という思いから、出しやすいお札だけで会計をするようになります。
お札で支払うと、お釣りを小銭でもらうことになるため、財布がいつの間にか小銭でいっぱいになります。財布が小銭ではち切れそうになっていたら、認知機能の低下が疑われます。病院の会計でも、小銭も使ってきちんと支払いができていた人が、お札だけで支払うようになると「認知症、要注意」だと言われています。
海外に行ったとき、お釣りでもらったコインを支払い時には使えず、どんどん財布にたまってしまったという経験がないでしょうか。認知症の人も、これと同じように、小銭の金額とその価値がパッとわからず、さらに計算が素早くできないために、お札で支払うことを選んでしまうのです。
ちなみに、キャッシュレスによる支払いも増えていますが、いちいち計算せずに支払えるのは便利である一方、脳を使わないので認知症予防にとってはあまり良いことではありません。また、高齢者がキャッシュレス社会についていけるのかも心配です。
「失っていく」状態にある人への理解が必要
⑥ 興味や喜びを感じる機会が減ってしまった
前述したように、現在の高齢者の中には、仕事人間だった人が多くいます。そんな仕事人間だった人には、これといった趣味も、やりたいこともありません。定年後に新たな趣味をもとうと何かを始めても、なかなか長続きしないということもあります。
定年延長で働き続ける人もいますが、役職はなくなり、これまで部下だった若い人の下で働かなければならなくなります。しかも、給料は激減。ストレスは逆に増えます。高齢者になると、家族や友人、知人を亡くすことも増えます。これは、会話をする相手が減っていくということです。高齢になると、歳を重ねるごとに、いろいろなものを失っていくばかりです。これまでできたことが、できなくなることも多々あります。
MCIの人たちと話していると、「情けない」と嘆かれることが多々あります。当たり前にできたことができなくなった自分が情けないという思いが強くあるのでしょう。現在、高齢者が置かれている環境を、もう少し理解してあげてもいいのではないでしょうか。毎日の生活の中で、生きがいを見つけるのは、かんたんなことではないのです。
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浦上克哉(うらがみ かつや)
日本認知症予防学会理事長・鳥取大学医学部 認知症予防学講座教授
日本認知症予防学会代表理事。鳥取大学医学部教授。1983年に鳥取大学医学部医学科を卒業。同大大学院の博士課程を修了し、1989年より同大の脳神経内科にて勤務。2001年4月に同大保健学科生体制御学講座環境保健学分野の教授に就任。2022年4月より鳥取大学医学部認知症予防学講座教授に就任。2011年に日本認知症予防学会を設立し、初代理事長に就任し現在に至る。日本老年精神医学会理事、日本老年学会理事、日本認知症予防学会専門医。『科学的に正しい認知症予防講義』(翔泳社)など著書多数。