H3ロケット開発遅れ・ジェット旅客機挫折は日本の有能「理系人材」不足が原因

H3ロケット開発遅れ・ジェット旅客機挫折は日本の有能「理系人材」不足が原因 科学・技術

科学技術立国神話はもはや幻想だ

H3ロケット開発遅れ・ジェット旅客機挫折は日本の有能「理系人材」不足が原因(現代ビジネス 2023.02.19)

磯山友幸 経済ジャーナリスト、千葉商科大学教授

H3「失敗ではない」と言ったところで

またしても日本の科学技術「神話」が揺らいでいる。2月17日に予定されていたH3ロケットの打ち上げができなかったのだ。主エンジンには着火したが、続いて着火するはずの固体ロケットブースターが作動しなかった。システムが異常を検知して着火信号を送らなかったためという。

新聞の中には「打ち上げ失敗」と見出しを立てたところがあったが、宇宙航空研究開発機構 (JAXA)の担当者は「失敗ではない」と言う。専門家からすると、異常を検知し設計通りに停止したのだから、「失敗」ではなく「中止」だということらしい。

「失敗」と配信した共同通信の記者がネット上で炎上し、「失敗は成功のもと」と発言した永岡桂子文部科学相も釈明に追われた。担当者からすれば「失敗」と書かれるのは沽券に関わるということか。また、「失敗」という言葉に反応したネット民も「日本は失敗するはずがない」という思い入れがあるのか。背後には日本の科学技術は世界に冠たる水準だという「神話」があるように思う。

だが、現実は、H3ロケットの開発も苦難の連続と言っていい。H3はJAXAが三菱重工業と開発中の次期基幹ロケットで、設計・開発段階から民間企業である三菱重工が主体的役割を果たしてきた。運用後には商業利用のための打ち上げを「受注」することを狙っている。いわば新発想の開発ロケットだ。

当初は2020年度に初号機の打ち上げを目指したが、問題が見つかって2020年9月になって延期を決定。2021年度中の打ち上げへと時期が変更された。ところが2022年1月になって再度延期。ようやく今回の打ち上げにたどり着いていた。ところが残念ながら今回も「中止」ということで飛ばずじまいだった。それでもJAXAは「2022年度中の発射を目指す」との姿勢を変えていない。

もはや日本の科学技術は世界有数ではない

残念ながら、われわれは、最近似た光景を目にしている。

同じ三菱重工が2月7日、長年開発を進めてきた国産初の小型ジェット旅客機「スペースジェット」(旧MRJ)からの撤退を発表したのだ。事業化を決めたのは2008年。当初は「MRJ」、「三菱リージョナルジェット」と呼んでいた。ところが2020年6月までに6回も納入を延期。新型コロナウイルスによる航空需要の激変もあって、開発は事実上、停止。ついに事業化のメドが立たなくなり、撤退を表明した。

いやいや、これは技術力の問題ではなく、商用運行に必要な「型式証明」の取得が予想以上に難しかったためだ、という声もある。市場が変化して事業化が難しくなっただけで、日本の技術力が低いわけではない、という人もいる。しかし、参入から1兆円を投じて製品を出せなかったという事実は重い。

三菱重工は2016年に大型客船事業からも撤退している。海外のクルーズ会社から受注した船の契約納期を3度も延長するなど度重なる引き渡しの遅延を起こした。造船所の現場に人材が不足するなど、社内の「知見」が足らなかったためだとされた。

結局、2400億円に及ぶ損失を出している。もちろん、これは三菱重工という1つの会社の問題では片付けられない事態だろう。日本の科学技術は世界有数という「神話」が崩れ始めているのではないか。

OECD平均よりはるかに低い理系率

「現在 35%にとどまっている自然科学(理系)分野の学問を専攻する学生の割合についてOECD諸国で最も高い水準である5割程度を目指すなど具体的な目標を設定し、今後5~10 年程度の期間に集中的に意欲ある大学の主体性をいかした取組を推進する」

2022年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2022」いわゆる「骨太の方針」にはこう書かれていた。岸田文雄首相が掲げる「新しい資本主義」に向けた改革の柱のひとつとして盛り込まれた。日本の科学技術力を支える理系人材を育てることが喫緊の課題だ、というわけだ。

実はこのベースとなる提言が、政府の「教育未来創造会議」から2022年5月に「1次提言」として出されている。タイトルは「我が国の未来をけん引する大学等と社会の在り方について」である。そこには、「人材育成を取り巻く課題」として、少子化の進行などと共に、「高等学校段階の理系離れ」「諸外国に比べて低い理工系の入学者」などを挙げている。

高校で理系を選択する生徒が2割にとどまっていること、学部段階の理工系入学者はOECD平均の27%に対して日本は17%であること、中でも女性は平均15%の半分以下の7%であることなどが指摘されている。

「骨太の方針」を受けて、教育未来創造会議は「工程表」を2022年9月にまとめている。そこには理系学生の割合を5割程度に引き上げることで、「高専を含めて毎年30万人程度を輩出する」という目標をいの一番に掲げた。

あまりにも「遅まきながら」

もっとも、残念ながら、そのための具体策は乏しい。学部の設置要件の大胆な緩和などを掲げており、理系学部の新設への補助金の積み増しなどを行う方向だ。

また、極端に少ない女子の理系選択者、いわゆる「リケジョ」を増やすために、シンポジウムや大学の出前授業を行うという。少ない女子の理系志願者を増やせば、全体の理系学生が増えるという狙いだろうが、そのための「ジェンダーバイアスの排除など社会的機運の醸成」となると、それでいつになったら理系人材が輩出されるのか、と思ってしまう。

遅まきながらも政府が動き出したのは「理系人材不足」「技術者不足」が日本社会に影を落とし始めているからだ。

H3ロケットや国産小型ジェット機、大型客船を作るのに苦労している理由が、人材不足だけだとは言わない。だが、そうした高度な技術者、科学者を生み出す母数を人口減少の中でどう確保し増やしていくのか、これは日本の大きな課題であることは間違いないだろう。

磯山友幸 TOMOYUKI ISOYAMA

経済ジャーナリスト/千葉商科大学教授
硬派経済ジャーナリスト。1962年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、日経ビジネス副編集長・編集委員などを務め2011年3月末で退社・独立。著書に『国際会計基準戦争・完結編』『ブランド王国スイスの秘密』など。早稲田大学政治経済学術院非常勤講師、上智大学非常勤講師、静岡県“ふじのくに”づくりリーディングアドバイザーなども務める。