社説:防衛政策の転換 日本を危険にさらす軍拡路線…京都新聞
社説:防衛政策の転換 日本を危険にさらす軍拡路線(京都新聞 2022/12/17)
日本の安全をどう守るのか。そのため必要な防衛力を機能させるには、どんな整備が必要か。
そうした根本の議論と説明を欠いたまま、岸田文雄政権は政府の外交・安全保障政策の指針「国家安全保障戦略」など安保関連3文書の改定を閣議決定した。
敗戦後の日本が平和国家として築いてきた安保体制を、突き破るような政策転換と、穴だらけの防衛費増額の枠組みを盛り込んだ。軍事力の拡大に偏る一方、主体的な外交策は乏しく、日本の行く末を危険にさらす改定である。
到底容認できない。
国民の理解や協力なしに成り立たない防衛策を、性急に力押しする政権の手法は極めて乱暴だ。立ち止まって考え直すべきである。
改定の最大の問題は、相手国のミサイル発射拠点などをたたく「反撃能力」の保有を明記したことだ。従来、政府は敵基地攻撃能力と呼び、憲法解釈で「自衛の範囲に含まれる」としつつも、「政策判断」で保有しなかった。
軍拡競争に加わらず、憲法9条に基づいた「必要最小限度の自衛力」と「専守防衛」を前面に掲げることで、平和と繁栄を目指す道を選んだ戦後保守政治の知恵でもあったろう。なぜ捨て去るのか。
緊張高める反撃能力
中国は独裁性を強める習近平指導部のもとで軍拡を進め、台湾の統一に向け「武力行使の放棄は約束しない」とする。北朝鮮は米国本土をにらんでミサイル技術を向上させ、迎撃しにくい変則軌道での発射を繰り返す。そこへ2月に始まったロシアのウクライナ侵略である。プーチン大統領は核保有を強調し、露骨に威嚇する。
安保環境の激変を踏まえた防衛力整備には、各種の世論調査で国民も一定の理解を示している。
しかし、他国まで届く長距離ミサイルを並べて攻撃力を持てば、中ロ北といった核保有国を抑止できるのか。「力には力」を打ち出すことで逆に相手の武装強化を助長し、日本攻撃の目標や口実を与えることにならないか。
そのリスクを十分検討した形跡は見えない。岸田氏は非公開の大臣会合を含め1年議論したというが、説得力を欠く。4回開催でまとめた有識者会議の報告書や短期の与党協議も結論ありきだった。
無責任な財源先送り
それどころか、歯止めのなさにぞっとする。3文書に「平和国家として専守防衛に徹し、軍事大国にならない」「先制攻撃は許されない」とは記すものの、反撃能力の発動要件や攻撃対象に制約は設けなかった。米国への攻撃も反撃対象とする「集団的自衛権の行使」さえ含む。他国の戦争に巻き込まれる恐れが一層高まる。
中身を置き去りした前のめりな姿勢は、防衛費増額も同じだ。
故安倍晋三氏が主導した自民党の提言を踏まえ、岸田氏は防衛費を、北大西洋条約機構(NATO)諸国が目標とする国内総生産(GDP)比2%以上を念頭に、5年以内に引き上げるとした。
そのため5年間で総額43兆円が必要で、上積み分は17兆円。歳出削減による捻出などを除き、足りない分は年1兆円の増税で賄う―。そんな理屈をここ最近で小出しに表明し、国民に負担を求める。だが規模が先走りし、なぜ必要かの根拠は乏しい。
増税対象は法人税、たばこ税に加え、岸田氏が「行わない」とした所得税も入れた。東日本大震災の被災地に向けた復興所得税の一部を防衛に転用し、年負担は増えないというが、ごまかしだろう。
米国いいなりなのか
岸田氏は、国債発行は「未来の世代への責任としてとり得ない」とも語っていたが、公共事業に用いる建設国債の対象を自衛隊の施設整備に広げる形で、「防衛借金」に戦後初めて道を開いた。
この首相の言葉の軽さと指導力の欠如には、不信感が募る。
致命的なことに自民党内の反発を受け、増税は実施時期を決められず、法案化を見送った。どの歳出を削るかを含め、具体的な担保がない財源の枠組みは「砂上の楼閣」ではないか。このまま防衛増強に突き進めば、安易な国債増発に流れかねない。改定安保戦略は破綻しているに等しく、抜本的に練り直すべきだ。
米国は10月に国家安保戦略で、同盟国にも軍事力と費用の増強を求める「統合抑止」と「強化への投資」を打ち出した。5月のバイデン大統領来日時に、岸田氏が反撃能力の保有と防衛費の「相当な増額」を明言したのは、こうした米の考えに呼応したものだろう。
日本が防衛、米が攻撃力を担うとしてきた日米安保を根底から変える今改定の背景といえる。
日本は早速、米から長射程ミサイル「トマホーク」を買い付け、米軍と協調して運用する動きをみせるが、自衛隊が米軍の一部隊のようにならないか。そもそも米軍の駐留経費負担や地位協定などを含め、根本的な日米安保の協議が必要だったのではないか。
きのうの会見で岸田氏は例のごとく「丁寧に説明する」としたが、欠陥と疑念を抱えた急ごしらえの安保戦略では無理があろう。防衛増税の是非も含め、選挙で国民の信を問うべきである。
社説:少子化対策 財源確保を怠る不誠実…東京新聞
<社説>少子化対策 財源確保を怠る不誠実(東京新聞 2022年12月19日 07時00分)
政府の全世代型社会保障構築会議が岸田文雄首相に報告書を提出した。少子化対策を最重要課題と位置付け、改革の方向性や工程を整理したものだが、財源確保には踏み込んでいない。
防衛費「倍増」や増税は性急に決めながら、少子化対策では財源確保を放置するとは、政権としてあまりにも不誠実ではないか。
社会保障制度の大きな改革は二〇一二年に関連法が成立した「社会保障と税の一体改革」だ。団塊世代が七十五歳以上となり医療や介護のニーズが高まる二五年に向けた制度の整備が目的だった。
今回の改革論議は、高齢者数がピークを迎える四〇年に向けて制度を整える狙いがあるが、消費税を財源とした一体改革とは異なり、当てにできる財源がない。
四〇年には少子化がさらに進むと懸念されており、社会保障制度を支えるためにも少子化対策は先送りできない喫緊の課題だ。
有識者でつくる社会保障構築会議は、政府の少子化対策が効果を上げていない反省を踏まえ、政府全体で取り組む対策の提案を目指してきた。報告書には、これまで支援が手薄だった個人事業主や非正規労働者にも目配りした支援策の拡充案が並んでいる。
こうした政策の実現には兆円単位の財源が必要になるが、報告書は「社会全体で連帯し、広く負担し支える仕組みの検討」にとどまり、具体論を先送りした。
岸田政権は防衛、GX(グリーントランスフォーメーション)、少子化対策を三大重要課題と位置付けてきたが、少子化対策の冷遇ぶりは、首相が予算額や増税まで指示した防衛費とは対照的だ。
防衛力増強のための増税が優先されれば、たとえ少子化対策だとしても、これ以上国民に負担を強いることは難しくなる。それどころか防衛費捻出のために社会保障費が削られる懸念すらある。
「子ども予算倍増」は首相自身が打ち出したものだが、財源確保に本気で取り組まなければ、実現は疑わしい。少子化対策は「未来への投資」でもある。それを怠れば、防衛力をいくら増強しても守るべき国自体が衰退してしまう。