苦境に陥った「プーチンの将来」…暗殺か、 勇退か、それとも?予測される「4つの可能性」(マネー現代 2022.12.07)
自衛隊元陸将の渡部悦和氏、井上武氏、元海将補の佐々木孝博氏
ウクライナへの軍事侵攻を続ける、ロシアのプーチン大統領。戦況はこう着しており、ロシア国内においても「プーチン離れ」が起きているとの見方もある。これからプーチンはどのような選択をするのか、どのような運命をたどるのか。共著『プーチンの「超限戦」 その全貌と失敗の本質』を刊行した、自衛隊元陸将の渡部悦和氏、井上武氏と、元海将補の佐々木孝博氏が、プーチンの「これから」について語り合う。
噴出し始めたプーチン政権への反発
佐々木 最近私が注目しているのは、プーチン政権を支えてきたパトルシェフ国家安全保障会議書記を中心とする保守強硬派がプーチン大統領に圧力をかけているという報道です。
ロシア研究者の北野幸伯氏によれば、保守強硬派は、「総動員令を出し、一般男性(徴兵期間が一年あるため、完全な素人ではない)を、一〇〇万人単位で、戦場に投入すべきだ。そうすれば、ロシア軍は勝てる」と主張しているそうです。
他方、ロシア国民の七〇%が、ウクライナでの「特別軍事作戦」を支持しています。総動員令を出せば、この支持率は下がり、政権基盤そのものが危うくなります。プーチン大統領としては、保守強硬派の主張を受け入れることはできません。これに彼らは不満であり、プーチン大統領に圧力をかけているとのことです。
その後、この圧力に屈したのか、プーチン大統領は九月二一日に部分的な動員令に署名しました。これを受けてショイグ国防相は軍務経験がある予備役から三〇万人を招集する旨を明言しました。
しかし、公表された動員令には人数に関する記述はなく、独立系メディアによれば一〇〇万人が招集されるとしています。動員令発令後、招集事務所が襲撃を受けたり、国外脱出者が続出したり、招集を逃れるための様々な混乱が生起しています。
当局の思惑どおりの数が招集できるのか、招集した兵が企図どおりに機能してくれるのかなど、不透明な点も多々あります。プーチン政権への反発というものも、この部分動員を機に噴出してきたようです。
これから起こりうる「4つの可能性」
井上 プーチンの特別軍事作戦を盲目的に信じている多数のロシア国民と戦争の実態を承知している保守強硬派とのあいだで、プーチンは身動きが取れなくなっています。ロシア軍はすでに戦意を喪失し、攻撃する装備や兵站も欠乏しています。プーチンは、自業自得とはいえ、厳しい状況にあります。
渡部 プーチンの将来を予測することは難しいのですが、いくつかの可能性を列挙することは可能だと思います。
例えば、(1)大統領職に長期間居座る、(2)後継者を指名し自主的に勇退する、(3)何者かによって強制的に排除され実権を失う、(4)暗殺される。
おふたりはどう思いますか?
井上 (1)のプーチンが長期間大統領職に居座る可能性は低いと思います。たしかにロシア国民の七〇%はプーチンを支持していますが、これは、強力な国内向けの情報戦の成果であり、ロシア軍が敗北している状況をいつまでも隠し通せることはできなくなります。
すでに、モスクワやサンクトペテルブルクなど一八ヶ所の地区区議からプーチンの辞任要求も出はじめています。
可能性が高いのは、(2)の都合の良い後継者を指名し自主的に勇退することだと思いますが、権力を手放した独裁者の末路を考えると、思うようにはいかないものです。
もしプーチンに異変があった場合は……
佐々木 私は(1)、(2)の中間的なことになるのではないかと考えています。四面楚歌の状態に追い込まれつつあるとみられますが、ロシア国内の強力な国民統制の状況から、(3)、(4)は考え難いと思います。
四月から六月にかけて、プーチン大統領の健康不安説を伝える報道が増えていましたが、その後、米CIAのバーンズ長官、英MI6のムーア長官がそれを否定しました。
とくにバーンズ長官は、私が在ロシア防衛駐在官として勤務していた時期と同時期に、在ロシア米国大使を務めていた人物であり、ロシア情勢には詳しい人物です。そのため、バーンズ長官の発言は信頼度が高いものと考えています。
ただし、プーチン大統領はロシアの平均寿命とほぼ同年齢にあるので、年相応の何らかの健康上の不安は抱えている可能性はあります。彼が年相応の健康上の不安を抱えつつも、政務の遂行に問題がなければ、このままの政体が継続すると見積もられます。
しかし、そうでない場合に備え、水面下で影響力を残すカタチで院政的な政体を考えている可能性もあります。
以前から、プーチン大統領に異変があった場合、暫定的に実権はパトルシェフ国家安全保障会議書記に委任されるということが伝えられていました。憲法上では、大統領代行職はミハイル・ミシュスティン首相が就任することにはなりますが、実権をパトルシェフ書記にということのようです。
意外な人物が大統領に就く可能性も?
ロシアの複雑な国家指導体制を熟知し、インテリジェンス組織出身で同分野に大きな影響力を持つ同書記は、プーチン大統領と同じ手法で国家指導することは可能です。プーチン大統領が退いたあと、パトルシェフ書記がその任を引き継ぎ、プーチン大統領が院政を敷く可能性もあると考えられます。
ただし、パトルシェフ書記はプーチン大統領の信頼は非常に厚いものの、メドベージェフ前大統領とは違い、影響力を持ちすぎているマイナス面があるとも言われています。
力を持ちすぎている者に後継を譲ると将来的にプーチン大統領が権力の座から追い落とされるリスクもあるため、パトルシェフ書記自身が大統領に就く可能性は少ないのではないかとの見方もあります。
そこで、その折衷案として浮上しているのがパトルシェフ書記の長男であるドミトリー・パトルシェフ農相に大統領職を移譲し、プーチン・パトルシェフ(父)のタンデム体制で院政を行うといったことも持ち上がっているとのことです。
これは前述の北野氏の指摘ですが、私もその可能性はあるのではないかと考えます。
渡部 いままでも多くの人が予測を外していますので、プーチンが何者かによって強制的に排除され実権を失う場合や、暗殺される場合も排除すべきではないと私は思います。
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渡部悦和 YOSHIKAZU WATANABE
ハーバード大学アジアセンター・シニアフェロー、元・陸上自衛隊東部方面総監
1978年 東京大学卒業、陸上自衛隊入隊。その後、外務省安全保障課出向、ドイツ連邦軍指揮幕僚大学留学、防衛研究所副所長、陸上幕僚監部装備部長、第2師団長、陸上幕僚副長を経て2011年に東部方面総監。2013年退職。初の著作『米中戦争 そのとき日本は』(講談社現代新書)では、「台湾」「南沙諸島」「尖閣」「南西諸島」の4つのシナリオをもとに米軍・人民解放軍両者による戦争の可能性をリアルに描いて大きな反響を呼んだ。