浜矩子「英国の首相交代劇 日本は御託を並べてダラダラと現状維持か」(AERAdot. 2022/11/01 17:00)
経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
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前回の本欄で、日英両国は通貨安で同病相憐れむだと書いた。その後に、英国では首相が交代した。日本では首相は交代していない。
英国のトラス前首相は、わずかひと月半で辞任した。支離滅裂な財政大盤振る舞い政策に、投資家たちが引導を渡した。国債相場が急落し、資本市場がカオスに陥った。カオスを引き起こした張本人が退場を通告されるのは、当然の成り行きだった。若きスナク新首相の登場で、カオスはひとまず収束した。だが、この先の展開はまだまだ分からない。どうも、昨今の英国の政治と社会は少々狂気じみている。これから、何が起こるやら。
日本の政治と社会も、かなり狂気じみてきている。特に政治について然りだ。旧統一教会と自民党政治との関係は、正気の沙汰とは思えない。軍事費倍増のために国債を新たに発行するというのも、まともな神経のなせるわざではない。国葬問題もあった。狂気もまた、両国に共通の病なのだろうか。
ただ、両病人には違いが二つある。その一が首相交代劇だ。英国では、このドラマが超高速で演じられた。日本では、このドラマがないまま、ダラダラと現状維持が続いていく。この違いの要因は、国債相場の動きにある。
英国では、財源無き無謀なばらまき政策に、国債相場がそれこそ劇的に反応した。日本の国債相場は、凪(なぎ)状態のまま。それもそのはずだ。日銀がGDPの規模に匹敵する額の国債を抱え込んでいるのである。相場がまともに状況に反応するわけがない。今の日本の国債市場は統制市場だ。それを、今回の英国の政治ドラマが世界に見せつけた。
両病人の違いその二が、政治家の正直度だ。高速退場したトラス前首相は、自分の目指すところは、「一に成長、二に成長、三に成長だ」と絶叫した。この三大目標のためなら何でもする。狙うのはトリクルダウンだ。低所得層には、ひとまず我慢してもらう。そう言い放ってはばからなかった。「成長と分配の好循環」だの、「社会的課題解決と経済成長の二兎(にと)を実現する」だのと、逃げ口上ともアリバイづくりともつかない御託(ごたく)を並べはしなかった。まだ、マシ。
※AERA 2022年11月7日号
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浜矩子(はま・のりこ)
1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演