「103万円の壁」引き上げ「むしろ格差拡大」と専門家 金持ち優遇にならない提案とは

「103万円の壁」引き上げ「むしろ格差拡大」と専門家 政治・経済

「103万円の壁」引き上げ「むしろ格差拡大」と専門家 金持ち優遇にならない提案とは(AERA 2024/12/11/ 16:00)

渡辺 豪

年収が103万円を超えると所得税が課される「103万円の壁」。その見直しが国会で焦点化しているが、専門家は否定的に捉えているという。一体なぜか。是正すべき「壁」とは。AERA 2024年12月16日号より。

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生計の維持に不安を感じ、生活防衛が必要と感じている人は現役・高齢世代を問わず多い。このため、少しでも余裕があれば貯蓄に励む人が増える。その結果、消費にお金が回らず、経済成長の鈍化が続く。この悪循環から抜け出すには何が必要なのか。

「技術革新などで労働生産性が上がれば、賃金も上がります。加えて、社会保障制度を見直すことも必要です」

こう話すのは明治大学公共政策大学院の田中秀明専任教授だ。

「過去30年間で保険料総額の対GDP比は7%から14%へ2倍に増えており、働く現役世代ほど負担が重くなっています」

田中さんが是正の必要性を強調するのは、社会保険料の逆進性だ。年金保険料の負担率も低所得者ほど収入に対する負担の割合が高い。消費税も同様である。

「保険料を増やしても、保険でまかなえない職業訓練や教育などの人的投資を増やせないので成長できません。また、日本が直面する人口減少に対応するためには可能な限り多くの人が長く働くことが必要ですが、現在の保険制度がそれを阻んでいます」

専業主婦などの第3号被保険者制度や年収の壁、65歳以上の人が一定の収入を得ると年金が減額される在職老齢年金制度など、働くことを阻害する仕組みが多い。

年収の壁のうち、国会で焦点化している「103万円の壁」もその一つだ。ただ、東京都の最低賃金の上昇率をもとに基礎控除を75万円引き上げて123万円にし、給与所得控除を加えて計178万円とする国民民主党の案を、田中さんは否定的に捉えている。

「基礎控除を引き上げる施策は高額所得者の減税額が多くなるため、むしろ格差を拡大させます」

大和総研の試算によると、基礎控除を引き上げ、給与所得控除との合計額を178万円にした場合、減税額は年収200万円で8万2000円、年収500万円では13万3000円、年収800万円では22万8000円。減税のメリットは低所得層よりも、基礎控除の対象となる「年収2400万円以下」に近い中高所得層のほうが大きく、逆進性が指摘されている。

「インフレ相当の所得控除の引き上げは妥当性がありますが、国民民主党の案は引き上げ幅が大きすぎます。引き上げるならば財源を提案しないと無責任でしょう」(田中さん)

田中さんが提案するのは、所得控除の調整ではなく、税額控除だ。税額控除とは、課税所得金額に税率を乗じて算出した所得税額から、一定の金額を控除するもの。なじみ深いのは住宅借入金等特別(住宅ローン)控除だ。例えば、所得税が20万円で住宅ローン控除の金額が10万円なら、所得税20万円から10万円を直接差し引くことができる。田中さんは税額控除のほうが「金持ち優遇」にはならない、と主張する。

年収の壁をめぐっては所得税をめぐる「103万円の壁」よりも、社会保険に関する「106万円の壁」や「130万円の壁」の是正が本丸と、田中さんは唱える。

年収の壁が制度疲労

「こうした壁は、昭和における夫のみが働くことを前提とした仕組みであり、現在では制度疲労を起こしています。また、保険制度に多額の税金を投入しているので、豊かな者も税金で助ける一方で、セーフティーネットは穴だらけです」

今後、基礎年金はマクロ経済スライド(負担と給付を均衡させる仕組み)により3割も削減されることになっており、貧困がさらに増えることが予想されている。

「セーフティーネットが不十分だとリスクも取れず、ベンチャー企業も増えません。年金にとって最良の薬は経済が成長すること。経済のパイが大きくならない限り、現役世代も高齢者も豊かにはなりません」

田中さんはこう続けた。

「私たちは日本経済という同じ船に乗っているのです。それぞれが可能な範囲で働き、貢献する仕組みがなければ、日本経済という船はさらに沈んでいくだけです」

(編集部・渡辺豪)

※AERA 2024年12月16日号より抜粋

渡辺 豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。