円安に国民が苦しんでるのに、それでも日銀が「金利を引き上げられない」4つの理由(現代ビジネス 2022.07.06)
日銀が6月の金融政策決定会合において、金融緩和策の継続を決定するなど、日米の金融政策の違いがより鮮明になっている。日本とアメリカの金利差が拡大するのはほぼ確実であり、市場では円安がさらに加速するとの見方が強まっている。
国内でも物価上昇が顕著となっており、日銀に対する風当たりは強まる一方だが、日銀はなぜ金利の引き上げに消極的なのだろうか。政府・日銀が金利を引き上げられない理由について、あらためてまとめた。
理由その1 景気に逆風
日本経済は過去30年間、低金利が続いており、企業も家計も低金利であることが大前提となっている。このため、急に金利が上がってしまうと、企業の利払い負担が増えたり、借入れが減少するなど経済に大きな影響が及ぶことになる。
リーマンショック以降、国内の倒産件数は異常な低水準で推移してきたが、これは、政府が銀行に対して過度な資金回収を実施しないよう強く要請していたことが大きく影響している。企業は低金利で資金を借りることができ、しかも、銀行が積極的な融資姿勢を継続したことで、本来なら倒産している企業も延命できているケースが少なくない。
こうした状況で金利の引き上げを実施すると、倒産が増える可能性があるほか、大企業の設備投資も大幅に抑制される。諸外国と比較して、ただでさえコロナ危機からの回復が遅れている時に、金利の引き上げによる景気後退だけは避けたいというのが政府・日銀のホンネだろう。
理由その2 住宅ローン負担が大きくなる
企業と同じく家計も低金利の恩恵を大きく受けており、金利引き上げの制約要因となっている。日本の家計は、低金利政策によって、極めて低い金利で住宅ローンを借りることができた。特に変動金利の場合、限りなくゼロ金利に近い金利で住宅ローンを組むことができたため、本来なら住宅ローンを組めない水準まで借り入れを行っている人が一部に存在している。
例えば5000万円のローンを30年で組んだ場合、2%の金利であれば返済原資の5000万に加えて、利子を1500万円以上支払わなければならない。ところが0.5%の低金利であれば、利子はわずか400万円程度で済むので、その分だけより高額な物件に手を出すことができてしまう。
ここで金利が上昇すると、一部の人は返済に苦慮することになり、場合によっては住宅ローン破綻者が増えるリスクがある。そこまでいかなくても、変動金利の場合、金利上昇によってローンの返済額が増えるのは確実であり、家計の可処分所得は減ることになる。当然の結果として個人消費には大きな悪影響が及ぶ。
理由その3 政府の利払いが増える
低金利によって借金が大きく膨れ上がっているという点では、個人や企業だけでなく、政府にとっても同じことである。よく知られているように日本政府は約1000兆円の負債を抱えている。
現在はほぼゼロ金利に近いため、政府の利払いは最小限の水準で済んでいるが、もし金利が米国並みの3%台に上昇すれば、日本政府は最終的に年間30兆円以上の利子を負担しなければならない。日本政府が発行している国債の年月はバラバラなので、全ての国債が高い金利に入れ代われるまでには約9年の時間的猶予があるものの、年々利払い額が増えていくという点では、金利上昇後、すぐにその影響は顕在化してくる。
現在、日本政府の税収は約50兆円しかなく、残りは全て新規の国債発行による借金である。ここで金利が上昇してしまうと単純計算で政府の支出が30兆円増えるということであり、政府の税収の6割が利払いに消えることになってしまう。この状態では、まともに予算を組むことはできず、他の予算が大きく制約を受けてしまう。こうした状況を考えると政府・日銀は、簡単には金利を引き上げられない。
理由その4 日銀のバランスシートが毀損する
日銀は現在(2022年6月末)、約540兆円の国債を保有している。もしここで日銀が金利上昇に踏み込んだ場合、理論上を保有している国債の評価額は減少することになる。もっとも日銀は簿価で会計を管理しているので、保有している国債の減額分を損失として計上する必要はない。
だが、現実問題として簿価で会計を処理しているので、損失は考慮する必要がないという理屈は成り立たない。市場は日銀が潜在損失を抱えたことを認識するので、これは確実に円安要因となる。
一部の論者は「保有する国債の価値が下がった程度で日本円が紙くずになることはない」と主張しているが、この議論は完全に論点がズレている。市場関係者が懸念しているのは日銀が破綻するといった極論ではない。日銀のバランスシートが毀損したと見なされた場合、最初に影響を受けるのは為替であり、過度な円安という形でその影響は顕在化する。現時点においても、円安の弊害が指摘される中、さらに円安が進みやすくなることを歓迎できるわけがない。
円安が加速するかしないかというのは、現実的な問題であり、この状況について日銀自身がもっともよく理解している。そうであればこそ、金利の上昇には簡単には踏み込めない。
低金利を続けるとどうなる?
このように金利の上昇には多くの弊害があり、政府・日銀にとって、金利の上昇はなるべく避けたいというのが本音である。一方で、円安にもそれなりのデメリットがあり、国民からの不満の声は高まる一方である。どちらにしても厳しい状況だが、それでも日銀は現状の政策を維持し、円安のメリット(輸出やインバウンドの拡大)が顕在化してくるまで、時間稼ぎをした方が得策と考えている可能性は高い。
では、金融緩和を継続し、時間稼ぎをする政策はうまく機能するのだろうか。
最大の焦点となるのは、やはり長期金利の動向だろう。日銀は現在、国債の金利が0.25パーセント以上にならないよう、無制限に国債を買い取る「指値オペ」を実施している。為替については、一部から市場介入を実施すべきという声も出ているが、ドル売り、円買いの為替介入の場合、外貨準備の範囲でしか実行できないという制約があり、あまり現実的ではない。結果として為替市場では自由に取引が行われることになる。
そうなると政府・日銀が恣意的にコントロールできるのは、国債の金利しかない。理論的に日銀が購入できる国債は無限大なので、日銀は金利を低く抑え続けることができる。だが、この指し値オペを続ければ続けるほど、円安圧力が高まってくるのは確実である。
もしどこかのタイミングで、指し値オペを継続できなくなった場合、一気に円安が進み、半ば暴落に近い状態になるリスクが存在することは否定できないだろう。結局のところ、今の日銀は日本経済のファンダメンタルズと逆方向の政策を続けており、いずれ限界はやってくる。
急に金利を上げることの弊害が大きいことは筆者もよく理解しているが、現状の政策では、ダムが決壊するような形で金利上昇と円安が同時に進む最悪のシナリオもないとは言い切れない。こうした事態を回避するには、指し値オペの範囲に柔軟性を持たせるなど、市場に対して、何らかの含みをもたせておく必要があるはずだが、今の日銀にその気配は感じられない。
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加谷珪一(かや けいいち)
1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『教養として身につけたい戦争と経済の本質』(総合法令出版)などがある。