なぜロシアはウクライナにこだわるのか? 欧米との緩衝地帯だけではない理由

ウクライナ東部で演習を行うウクライナ軍 国際

なぜロシアはウクライナにこだわるのか? 欧米との緩衝地帯だけではない理由(AERAdot 2022/02/09 18:00)

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ロシアによるウクライナ侵攻の可能性が高まっている。情勢が緊迫化した背景、ロシアがウクライナにこだわる理由とはいかなるものなのか。AERA 2022年2月14日号で、現地で取材する朝日新聞記者が解説する。

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2014年2月、ウクライナでは当時の親ロシア政権に抗議する市民を治安部隊が銃撃し、100人超の死者が出た。責任を問われるのを恐れた大統領が逃亡し、親欧米路線の政権が誕生。これに反発したロシアが強行したのがクリミア半島併合だ。

止まった和平プロセス

直後にプーチン政権の支援を受ける親ロシア派勢力がウクライナ東部の一部を占拠し、ウクライナ軍と武力衝突が始まった。翌年2月、停戦合意が結ばれたが、ロシアの強い意向が働き、ウクライナが親ロシア派支配地域に自治権を与えるとの項目が盛り込まれた。その後ロシアはクリミア返還の協議には一切応じず、東部紛争では自治権付与に必要な法整備が進まないとウクライナを批判し続け、和平プロセスは止まったままだ。

ロシアが今回、米国、NATOに突き付けた主な要求は三つある。(1)NATO拡大を停止し、ウクライナの加盟を認めない(2)NATOの東方拡大が決まった1997年以降、東欧に配備した部隊、兵器を撤去(3)ミサイル配備や軍事演習の制限──など。14年にウクライナ危機が起きた原因は、ウクライナへの欧米の支援と90年代からロシアの反対を押して進められたNATO拡大にある──というのがロシアが世界に示そうとしている「ナラティブ」(語り口)だ。

米国、NATOは特にNATO拡大停止を拒否する。NATO加盟の問題は同盟の原則と加盟希望国の主権に関わる。米国はトランプ政権時代の自国優先主義や、アフガニスタンからの米軍撤退で招いた同盟の揺らぎを繰り返すわけにはいかない。

これにプーチン氏は「ロシアの懸念が考慮されていない」と反発する。ウクライナに侵攻する意図は否定するが、今回は軍を撤収させる気配を全く見せない。逆に1月半ばからウクライナと約1100キロの国境で接するベラルーシにも送り込み、事態をさらに緊迫させた。

8年前と同じではない

交渉が長引く可能性はあるが、ロシアがどこで折り合いをつけるつもりかが分からない。プーチン氏は侵攻の意図を否定するものの、振り上げた手を下ろせなくなれば、結局は何かの理由をつけて攻撃せざるを得なくなる可能性がある。

ウクライナは14年の危機のあと軍の整備を進めてきた。国内総生産(GDP)に占める国防予算は4%超。米国だけでなく英国も対戦車ミサイル供給に踏み切った。今のウクライナ軍はなすすべもなく領土を失った8年前と同じではない。侵攻すればロシア軍も相当な犠牲を覚悟する必要がある。

14年の危機ではロシア国民がクリミア併合に熱狂し、プーチン氏の支持率が9割近くに跳ね上がった。しかし、今回、世論の反応は読みにくい。

プーチン氏にはロシアが90年代から「冷戦の敗者」として扱われてきたとの不満がある。クリミア併合から4年後の18年、自ら数々の極超音速兵器の開発を発表。「強くなったロシア」を誇示し、「これまで誰もロシアの声を聞かなかった。今こそ聞くべきだ」と豪語した。

「ソ連崩壊は20世紀最大の地政学的惨劇」というプーチン氏の発言はよく知られるが、一方では「ソ連崩壊を悔やまない人は心がなく、ソ連復活を願う人は頭がない」とも話し、今ソ連復活を考えているわけではない。

帝国の発想そのもの

しかし、隣国ウクライナへの対応は他国とは異なる。

ウクライナは欧州との間に挟まれ、ロシアにとっては欧米との緩衝地帯の意味がある。さらに中世の大国「キエフ・ルーシ公国」の流れをくむ「兄弟国」との見方にこだわるプーチン氏は、昨年7月の論文で「本当のウクライナの主権はロシアとのパートナー関係の中でのみ可能になる」と論じた。東欧を支配したソ連の「制限主権論」(ブレジネフ・ドクトリン)をほうふつとさせる考え方は、17世紀から帝政ロシアの支配下で「小ロシア」と呼ばれ、1991年のソ連崩壊でようやく独自の道を歩み始めたウクライナにとっては帝国の発想そのものだ。

ウクライナをNATO加盟へ傾斜させたのも、こうしたプーチン氏の姿勢だ。

独立後のウクライナはもともと親欧州の西と親ロシアの東で世論が二分されていた。軍事的には中立指向が強く、13年の世論調査でNATOを「守護者」としたのは17%だけ。29%がNATOを「脅威」と見なしていた。しかし、昨年12月の調査ではNATO加盟に賛成するという人が59.2%にも上った。14年のウクライナ危機が、ウクライナを団結させた。

バイデン政権は、米中対立を念頭に「民主主義と専制主義の闘い」を打ちだした。中国は以前は国際秩序の中で地位を築く姿勢を見せたが、今は欧米への対抗でロシアとの共闘を重視し、声高に自国の利益を主張する「戦狼外交」が目立つ。各国の協力で「強くなったロシア」を国際的なルールに引き戻せるかは、中ロ両国と領土問題を抱える日本にとっても重要な問題だ。

※AERA 2022年2月14日号より抜粋