〈社説〉戦後80年の日本経済 「新しい資本主義」語る前に…信濃毎日新聞

新しい資本主義実現会議 政治・経済

〈社説〉戦後80年の日本経済 「新しい資本主義」語る前に(信濃毎日新聞 2025/08/19 09:31)

「新しい資本主義」を掲げたのは岸田文雄前首相だった。何がどう新しいのか。方向性も見えないまま、石破茂政権が看板を引き継いでいる。6月に決定した「新しい資本主義実行計画」は、多くがこれまでの政策の延長だ。

前首相は就任のころ、「新自由主義からの脱却」を著書で訴えていた。大企業が利益を得る一方で格差が広がった。成長にあまりにも重点が置かれていた―と。

そうした問題意識は混迷する政治の下でやがて棚上げに。戦後80年の日本経済は大方針もなく、目先の課題に追われ続けている。

「官から民」はいま

展望をどう描くか。前提として欠かせないのは、歩みをたどり現在地を確認することだろう。

企業が自由に利益を追求することで市場メカニズムが働き、社会全体が豊かになる。そう考えるのが資本主義の基本原則だ。

大切なのは、それがすべてではないという点だ。戦後を代表する経済学者の一人、都留重人さんの2006年の著作「市場には心がない」を改めて開いてみたい。

自由競争は経済成長を目指す上で重要な半面、市場への過信は労働者の抑圧や環境破壊を招くと、社会に警鐘を鳴らしていた。「レフェリー」たる政府のバランス感覚の重要性が伝わってくる。

当時は、小泉純一郎政権が「官から民へ」「改革なくして成長なし」と連呼していた。政府はできるだけ経済への介入を避け、民間に任せていくべきだと考える新自由主義が席巻していた。

郵政民営化に代表されるこの考えが政策に反映されたのは1980年代から。電電公社や国鉄も民営化された。やがて労働市場の自由化も進んだ。製造業への労働者派遣の解禁は2004年。非正規労働者が増え、企業が雇用の調整弁に使うようになった。

弊害の目立ついま、同じような改革で将来展望が開けない現実ははっきりしてきた。政府としてそれを認めるのなら「新しい資本主義」の意義は小さくない。

せっかく広げた大風呂敷だ。改めて向き合うべきではないか。

アベノミクスとは

さかのぼると、戦後復興から高度成長期にかけては、政府介入のバランスが問題になることはなかった。成長の果実を分け合うことにまい進できたからだろう。

貿易摩擦、プラザ合意、円高と世界経済の激変にさらされた1980年代を経て、大きな変調が90年代に訪れる。バブル経済の崩壊後に需要が冷え込み、物価と賃金がそろって伸びなくなった。いわゆる「失われた30年」だ。

政府は新自由主義的な改革を進めたが、再び成長軌道に乗せることはかなわない。そして登場したのが、安倍晋三政権による経済政策アベノミクスだった。

2013年に始まったその政策は一見、新自由主義の延長のようでもあった。企業活動の自由を重視し、格差を容認した。

だが、肝心の部分で大きく違った。政府の積極的な財政出動による景気刺激を重視したことだ。主な財源は大量に発行する国債。つまり借金だ。

日銀が大規模金融緩和策で金利を抑え、政府の借金を実質的に支えた。財政規律を顧みないところが、介入バランスに腐心する従来の発想とは一線を画した。

都留さんと同様に戦後経済を見つめ続けた経済学者、佐和隆光さんはアベノミクスの当初、「正体不明」と戸惑いを隠さなかった。後の分析で、その本質を「国家資本主義」と表現している。

国債依存の先例

アベノミクス後の現在、その異質さをどう総括し、副作用にどう対処していくかが重要になっている。最たるものは、経済規模(国内総生産)の約2倍に膨れ上がった政府債務残高だろう。

国家主導、国債の大量発行による借金、それを支える日銀。そう特徴を並べてみると、似通った政策があったことに気づく。80年前までの、戦時中の対応だ。

日中戦争が始まった1937年度以降、財政は国債への依存を強めた。関野満夫・中央大名誉教授の研究によると、それから45年度まで歳出の73%が公債・借入金で賄われた。末期の債務残高は経済規模の約2倍に達した。

懸念の声に、当時の大蔵省幹部は「心配ご無用」と述べている。借金があってもそれに見合う資産があればよい。資産は大東亜共栄圏の構築で得られる―と。

重荷は敗戦後、激烈なインフレによる生活困難などの形で、国民にのしかかることになった。

翻っていま、積極財政を主張する声が与野党に響き、経済政策もそれに引きずられつつある。

戦時のような心配は行き過ぎとみる人もいよう。でも実際、膨らんだ借金をどうしていくか。財政出動で成長を促せば減税分もカバーできる。そんな楽観に疑問を抱くのは、杞憂(きゆう)とは言えまい。

財源を踏まえて政府介入の優先順位を練り、国民合意を図る。まずはそこまで、立ち戻りたい。