バンス米副大統領が信奉する新思想、「ポストリベラリズム」の正体(Newsweek 2025年07月11日(金)17時20分)
河東哲夫 外交官の万華鏡
<次期政権にバンスを担ごうとする人々が掲げる思想は、まるでこれまでアメリカが敵対してきた権威主義国の主張そのもの>
世の中では常に目新しい「何々主義」「何々イズム」が現れる。新自由主義とか新保守主義もそうだが、そもそも元の自由主義、保守主義も曖昧模糊としているのだから、「新曖昧模糊主義」と言われるようなもので、訳が分からない。
アメリカでは、物事を2つに割って、黒か白かで二分法的なデス・マッチを展開することが多い。黒か白でない者は相手にされず、黒と白の両極はどんどん過激化していく。それが共和、民主両党の争いで、ここで使われるのが「何々イズム」などの新しいラベル、旗印なのだ。
直近の民主党政権、つまりオバマ、バイデンの政権では少数民族、移住者、LGBTQなどいわゆる少数派の権利が擁護され、女性の人工妊娠中絶の権利や環境保護などを推進する「意識の高い者」が声を高めた。これは「イズム」ではなく、WOKE(目覚めた者たち)という、上から目線の響きのするラベルでくくられた。
トランプ大統領は、この時民主党が置き去りにした白人困窮層の不満をあおって当選するや、民主党の支持層・利権、WOKEたたきに乗り出した。経済援助を担当する国際開発庁(USAID)を閉鎖して、資金が民主党系の諸団体(アメリカではNGOが対外援助を代行する部分が多い)に渡るのを止め、WOKEの思想的基盤となることの多い有名私立大学をたたき、LGBTQなど少数派への優遇策を縮小し、中絶への政府支出を停止した。
そして今、政治家たちの関心は次の選挙に向いている。トランプの後釜を狙うバンス副大統領が特に声高だ。彼に近いノートルダム大学のパトリック・デニーン教授などは、「伝統的な家族の価値観」の擁護、政府による経済への積極的介入などの主張を「ポストリベラリズム」と名付け、新しい運動に仕立て上げようとしている。
権威主義国の主張とうり二つ
政治的な都合に合わせて思想を操作していくと、いくつかねじれが起きる。例えば、伝統的な「家族」の価値観の擁護、LGBTQの否定などは、ロシアや中国、イスラムの権威主義とされる諸国が、アメリカの介入に抵抗するために主張してきたこととうり二つなのだ。
アメリカは自由と民主主義を理想に西欧の白人が建国したが、当時から南部では権威主義的な価値観が強かった。西欧の白人も自由・民主主義でまとまっているわけではなく、強い指導者が強権で富を再配分してくれることを期待する者が困窮層を中心に増えている。
このままでは、アメリカの共和党政権・欧州の右派政権諸国・ロシア・中国という、一種の権威主義連合が、NATOに取って代わるかもしれない。
戦後の冷戦期、世界は東西に分裂し、自由・民主主義の有無が対立の軸になってきたが、今、対立軸は持てる者と持たざる者の間の争いに転移しつつある。筆者のように(あまり持っていないが、元官僚という保護された立場から)「上から目線」で自由を唱えてきた者たちは、もう時勢に合わない。
だからといって、アメリカでも欧州でも、昔のソ連もそうだったが、困窮層に寄り添う発言を声高に繰り返す者もまた、信用はできない。米共和党政権も、ポストリベラリズムで困窮層全体の生活を良くできるはずがなく、今のままではおそらくドル価値の低下とインフレを招いて、困窮層に愛想を尽かされることになりかねない。
「ポストリベラリズム」が「自由との決別」、残るものは自由も富もない荒れた世界、で終わらないよう祈る。
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河東哲夫(かわとう・あきお)外交アナリスト
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)