世界に逆行する日本「20年で国内の街路樹50万本を伐採」、日本人が知らされない衝撃の事実「樹冠被覆率が30%を切ると死亡者数が増える」(週刊現代 2024.12.26)
週刊現代 2024.12.26
土地の面積に対し、樹冠(樹木の枝葉が茂っている部分)が覆う面積の割合を示す「樹冠被覆率(じゅかんひふくりつ)」。
「緑の日傘」とも言われる樹冠が増えると、強い日差しを遮り、熱中症予防や都市部のヒートアイランド現象の緩和などの効果が期待できる。そのため、世界各国の都市では樹冠被覆率を引き上げることに力を注いでいるといわれている。
一方、日本ではその動きに遅れをとっており、東京大学「都市・ランドスケープ計画(寺田徹)研究室」の調査によると、東京23区において、2013年の9.2%から2022年には7.3%まで減っていたことが判明したという。
前編記事『「ディズニーランド23個分の樹木」がたった9年間で消滅、杉並区では「約40%減」……「東京23区の猛暑化」に歯止めが効かない「驚愕の背景」』に続き、樹冠被覆率を引き上げるために海外の都市で行なわれている取り組みを紹介する。
欧州では活発な動き
日本ではまだ聞き慣れない樹冠被覆率だが、人命に関わるほどの猛暑や災害の発生などが深刻な欧米諸国では、樹冠被覆率を高めようとする動きがここ数年活発化している。
東京大学大学院新領域創成科学研究科准教授の寺田徹氏(緑地計画学)が解説する。
「樹冠被覆率が注目されたきっかけの一つとして、特に欧米諸国の熱波の問題が挙げられます。毎年相当数の死者が出ており、日本よりも格段に気候変動の影響が出ています。近年は夏の時期には40度を超える気温なので、樹冠被覆率を上げて、緑の日傘を増やしていかなければ死者が増えてしまうという危機感が、欧米諸国は強いといえます」(寺田氏、以下「」も)
樹冠被覆率30%で死亡者が減る
アメリカのニューヨーク市は昨年秋、2035年までに樹冠被覆率を現状の22%から30%に引き上げることを目標に掲げた。
欧州の都市を対象とした調査で、樹冠被覆率が30%まで高まると、都市の平均気温が0.4度下がり、ヒートアイランド現象による死亡者数が減るという研究もある。
英紙ガーディアンによると、ニューヨーク市では、LiDARデータ(レーザー光線を使用して環境内の正確な距離と動きをリアルタイムで測定するリモートセンシング技術)を使用して、市内の700万本の樹木の詳細な3Dマップを作成。
そのマップからは、個々の樹木の樹冠の状況をリアルタイムで視覚化できるという。
「ニューヨーク市では、樹冠被覆によって建物内に差し込む日射量が緩和され、エアコンの効率が上がった結果、電気代の抑制やCO2削減につながるという効果などをネット上で公開しており、誰でも見ることができます。また、どのエリアにどのくらいの樹木が必要なのか把握できるようになり、効率的に樹冠被覆率を引き上げようとしています」
他にも、シンガポールでは『シティ・イン・ア・ガーデン』というコンセプトを掲げて、緑化政策を進めており、樹冠被覆率が世界トップクラスといわれている。
暑さ対策の一環
東京都で樹冠被覆率を上げていくにはどうすればいいだろうか。寺田氏が続ける。
「これは公共的な問題なので、国や自治体がやる気を出さなければ難しいと思います。各国の都市は、気候変動と樹冠被覆率を結びつけて、戦略的に動いています。なので、東京都で進めていく場合も、自然環境を守るという視点だけでなく、夏の重大な暑さ対策として、樹木を増やして、樹冠被覆率を上げていくという目標を設定することが重要だと思います。
東京都も独自に調査をしていますが、樹冠被覆率ではなく、『みどり率』(緑が地表を覆う部分に公園区域・水面を加えた面積が、地域全体に占める割合)という指標を使用しています。
これはこれで様々なみどりを守るために必要な指標ですが、同時に国際的に用いられている樹冠被覆率も導入し、海外の都市と同様、気候変動に対応するために緑の日傘を広げていくような取り組みを、積極的に進めるべきでしょう」
「樹木の専門家」が不在
日本と海外の明確な違いについて、寺田氏が続ける。
「海外では『アーボリスト』(Arborist)という職業が確立しています。適切な日本語訳がないのですが、樹木に関すること全般の専門家です。
樹木の診断、伐採、維持管理や、どういう土壌に対してどういう木をどれぐらいのスペックで植えるべきかといった全体的な評価など、樹木に関することをすべて行うことができるプロフェッショナルですが、日本ではまだ担う人がいません。
診断は樹木医、伐採は造園業者、維持管理は行政など細分化しているため、都市政策として樹冠被覆率を引き上げるといっても、なかなかハードルが高いのが現状です。
海外では、アーボリストがいることによって産業化し、新たなまちづくりとしても盛り上がりを見せており、非常に注目されている分野となっています」
日本では、緑化政策といっても景観面を重視している漠然としたイメージで語られることが多い。
国土技術政策総合研究所の資料によると、国内の一般道路沿いの街路樹は2002年の679万本から22年には629万本にまで減少。倒木の危険性回避や道路標識の見通しの妨げ解消などの安全対策を理由に、自治体が伐採を進めている現状がある。
東京都の自然環境に関する政策について、東京都自然環境部の担当者に話を聞くと、
「都としては現状、『みどり率』の定期的な測定業務に加えて、自然の力を活用し、社会課題の解決を目指す『ネイチャーベースドソリューションズ』といった民間企業の取り組みの発信などを行なっています。
また、海外の都市で『樹冠被覆率』が重要視されているのは承知しています。しかし、都議会でこの問題を取り上げられたことが過去にないわけではないですが、今のところ具体的な政策目標として掲げる予定はありません」と語った。
近年の夏は、あまりの暑さに木陰の効果を実感している人も多いはずだ。これからは海外の事例にならって、樹木や樹冠を増やしていくヒートアイランド対策が急務だ。
漠然とした自然環境を守るというスローガンよりも、樹冠被覆率の向上こそが、住民が切実に望んでいる都市政策ではないだろうか。
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≪抜粋≫
自然を保護する側が、懸命に「自然を守る理由」を述べなければならないというのは、現在の我々の社会が「人間中心主義」であることを如実に示しているといえよう。逆に、開発する側が、その開発が必要な合理的な理由を説明するよう求められるべきである。
行政や企業がSDGsを唱えるのであれば、都市の樹木を伐採する場合には、多くの人が納得できる理由を説明すべきであり、十分な説明ができないのであれば、伐採を伴う開発をやめるべきであろう。