なぜ繰り返す?被災地トイレ問題◆記者が見た現実、最初に必要なのは…【時事ドットコム取材班】(JIJI.COM 2024年02月08日10時45分)
能登半島地震の被災地取材では、あらゆる場所でトイレを巡る切実な問題に遭遇した。汚物で使用不能になった便器、数人で使わざるを得ない携帯トイレ、課題を抱える仮設トイレ-。これまでも災害のたびに同じ問題が起きていたが、もうこれ以上繰り返さないためにはどうすればいいのか。現地で聞いた被災者の声を基に、専門家に「これから」の備えについて聞いた。(時事ドットコム編集部 川村碧)
「外でするしか…」
「避難所に逃げてきた当初はトイレ関連の物資がなく、仕方なく外で済ませていた」。地震発生の約10日後、石川県珠洲市内の避難所で出会った70代男性は記者にこう語った。被災地では発生数日後から仮設トイレの設置が始まったが、住民の話からは、被災直後から劣悪なトイレ環境にさらされていたことがうかがえた。
同県輪島市内の避難所で車中泊をしていた30代女性は「避難所のトイレは地震後もしばらく使えたが、当日の夜には水が流れなくなった。前に使った人の排せつ物が残っている状態でも、そのまま使うしかなかった」と振り返った。トイレの便器に袋を取り付けて使う「携帯トイレ」が備蓄されていたため、2日目以降は凝固剤で排せつ物を処理できるようになったが、避難所には当時約300人が身を寄せており、1回分を数人で使うことになった。
「衛生面や臭いが気になり、トイレに行かなくて済むように水をあまり飲まないようにしていた」という女性。脱水のためか、頭痛や便秘に悩まされたといい、「トイレに行きたくなるのは自分でコントロールできず、大変だった」と語った。
「水・食料より早く必要になるトイレ」
女性の言うように、生理現象はインフラ復旧を待ってはくれない。大正大の岡山朋子教授が熊本地震の被災者234人を対象に実施した調査(NPO法人日本トイレ研究所が協力)によると、災害発生後3時間以内にトイレに行きたくなった人の割合は、回答者195人のうち39%を占める。「6時間以内」を合わせると、73%に上った。
「水・食料の備えはもちろん大事ですが、より早く必要になるのは実はトイレなんです」。こう話すのは、災害時のトイレ対策を推進する活動を続けているNPO法人日本トイレ研究所(港区)の加藤篤代表だ。「東日本大震災や熊本地震でも同じだったが、大きな災害が起きれば水洗トイレは使えなくなってしまう。それを前提に私たちは備えなければいけない」という。
今回の能登半島地震でも、避難した先に十分な備えがなく、住民が外で用を足したり、携帯トイレを複数人で使ったりしたケースが相次いだ。加藤代表は「やむを得なかったとはいえ、衛生面や防犯面のリスク、人権尊重の観点から見ても、そんなことを今後も繰り返してはならない」と強調。「トイレの問題は感染症や排せつの我慢を招き、災害関連死の原因にもなる」と警鐘を鳴らす。
初動で「携帯トイレ」がカギ
加藤代表によると、災害時のトイレ対応で重要なポイントとなるのは「被災直後に携帯トイレをいち早く設置できるかどうか」。避難所の建物やトイレが無事で携帯トイレの備蓄があれば、日常に近いトイレ環境を保ちつつ、仮設トイレの設置までなんとか持ちこたえることができる。しかし、初動対応が間に合わないとその後の深刻な事態を招くことになる。
記者が避難所で出会った人々からは、「便器には排せつ物が積み重なり、臭いもすごかった」という声も聞かれた。加藤代表は「トイレが一度こうした不衛生な状態になってしまうと、断水中に清掃して元に戻すのは大変。最初の対応ができるかどうかで、その後のトイレ環境が大きく変わってくる」と説明。衛生環境を守るためにも、避難所には一定程度の携帯トイレを備蓄しておくことが大切だと訴えた。
解消されない「仮設トイレのミスマッチ」
今回の能登半島地震で、仮設トイレが被災地の役所や避難所に設置されたのは、おおむね発生の数日後だった。避難者からは「ありがたい」と歓迎の声が上がったが、主に足腰の悪い人から「和式タイプは使いづらい」「ドアまでの段差が高く、上れない」といった意見も聞かれた。
内閣府によると、仮設トイレは、国が被災自治体からの要請を待たずに物資を送る「プッシュ型支援」で配備したもののほか、自治体や民間が独自に調達したものが使われている。担当者は「国の支援では洋式を優先しているが、数が足りず、和式も送っている。
要望のあった自治体には、和式を洋式にできる後付けのアタッチメントも送っている」と説明したが、加藤代表は「足腰が不自由な人や洋式しか知らない子どもなど、和式を使えない人もいる」と指摘。「和式が悪いと言っているわけではないが、過去の災害の経験から災害時にはミスマッチだと分かっているはずなのに、なかなか改善されない」と語る。
「夜は真っ暗」、和式だけの避難所も
被災地の中でも、場所によって仮設トイレの設置環境に差はあるのだろうか。記者は石川県珠洲市、輪島市、穴水町の避難所や役所など7カ所の仮設トイレを回り、実態を調べてみた。
設置場所は建物正面や敷地内の人通りの多い場所がほとんどで、ドアに男女別や洋式かどうかの張り紙がしてあることが多かった。広い個室や手洗い場を備え、車で移動できる「トレーラー型」が住民に喜ばれていた一方、中には和式しかない避難所や、照明がなく夜は個室内が真っ暗になる仮設トイレもあり、場所によって「トイレ格差」があることが感じられた。
加藤代表によると、長期化する避難生活で仮設トイレの安全を守るためには、いろいろな配慮が求められる。例えば、個室を男女で分けたり、親子や介助者が一緒に入れる「共用」を設けたりすることで、使いやすい環境を保てるという。便を貯めるタンクの影響で、多くの仮設トイレには一定の段差ができてしまうが、歩行が困難な人には障害となるため、スロープを作れないか工夫すると良い。照明があり人目に付きやすい場所に設置することも、利用しやすさや防犯につながる。
首都直下地震、今からできる備えは
高い確率で発生が予測される首都直下地震や南海トラフ地震でも、トイレ問題は発生するだろう。私たちが今のうちにできる備えについて聞いた。
災害が起きたとき、必ずしも避難所で過ごすとは限らない。首都直下地震が起きた場合、東京都の人口約1400万人に対し、避難所の収容人数は約320万人。自宅に耐震性があり差し迫った危険がなければ、多くの人は避難所に行かずに自宅にとどまる「在宅避難」を余儀なくされる。加藤代表は「水・食料とセットで携帯トイレも備えてほしい。排水設備が損傷しているのに水洗トイレを使うと汚水があふれる恐れがある。まずは携帯トイレを使って」と呼び掛ける。
内閣府などは、1人の1日当たりの平均排せつ回数は5回とし、水や食料と同様に最低3日分、できれば1週間分の備えを推奨している。在宅避難で使いやすいのは、便器に取り付けて使う携帯トイレだ。袋と吸水シートが一体化したタイプや、凝固剤で固めるタイプなどがあり、ホームセンターや通販サイトで購入できる。保管期間は5~15年と長期の備蓄にも適しており、20回分、100回分など家族の人数やニーズに合わせて選べる。便器が使えなくなった場合に備え、段ボールなどの組み立て式便器に袋を取り付けて使う「簡易トイレ」も選択肢になるという。
近くの「マンホールトイレ」はどこ?
携帯トイレには、便器がない状況でも使える1~2回分の袋と凝固剤が個包装された簡易タイプもあり、ドラッグストアのトラベル用品コーナーなどで取り扱っている。大きさは商品によって異なるが、手のひらサイズのものもあり、記者も被災地に入る際に複数携行した。実際に使う場面はなかったものの、今後の災害に備え、普段からかばんに一つ入れておくと安心と感じた。
被災直後に用を足せる場所として、もう一つ考えられるのが「マンホールトイレ」だ。専用マンホールのフタを開け、自治体が簡易式の便座や仕切りを設けるだけでトイレが作れる仕組みで、東京都内では指定避難所や公園など1万466カ所(2022年度末時点)に整備されている。加藤代表は「自宅近くにマンホールトイレがあるか、今のうちに確認しておくといいですね。水洗トイレの復旧には長期間かかることを想定し、日中はマンホールトイレ、夜は自宅で携帯トイレを使うなど、複数の選択肢を用意しておくことが大事です」と語った。
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加藤篤(かとう・あつし)
1972年生まれ。NPO法人日本トイレ研究所代表理事。災害時のトイレ調査や防災トイレワークショップ、小学校のトイレ空間の改善などに取り組む。トイレの基本知識や災害時の実践的備えを解説した「トイレからはじめる防災ハンドブック」(学芸出版社)を2024年1月に出版。