金正恩氏の「南北統一否定宣言」は、住民の「韓国への憧れ」を遮断するのが狙い かつての地下活動家が読む(東京新聞 2024年2月5日 17時03分)
北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党総書記が2023年末に「北と南はもはや同族でなく、敵対的な2つの国」だと宣言し、「平和統一」などの言葉を根絶する動きを強めている。民族の悲願とされてきた統一を放棄する方針転換を、南北の人々はどう受け止めているのか。韓国で1980年代に北朝鮮の主体思想を広めた活動家で、現在は転向して北朝鮮の民主化を目指す金永煥(キムヨンファン)氏(60)に聞いた。(聞き手=ソウル・木下大資)
統一への情熱は韓国よりずっと大きい
正恩氏の方針転換をどうみるか。
「従来の北朝鮮の論理では、故金日成(キムイルソン)主席を中心とした民族解放運動を完成させるのが南北統一だった。どんな強硬発言をしても、統一を否定しなかった。今回はその線を越えており、重要な路線転換だ」
北朝鮮の人々は戸惑っているのでは。
「北朝鮮住民の統一への関心や情熱は、韓国よりずっと大きい。脱北者らに聞くと、南北どちらが主導するにせよ、統一で生活が改善する期待があるからだ。韓国との経済格差がどんどん開き、北朝鮮指導部は、住民の韓国に対する憧れが体制を揺るがす最大の脅威と考えている。体制を選択できるとの考えを遮断し、別々の国だと植え付けようとしているのだろう」
韓国の若者は統一への関心が弱まっている
韓国では比較的冷静に受け止められている。
「多くの韓国人は、正恩氏が話すことに信頼を置かない。若者の間では統一に対する関心や情熱が弱まっていることもあり、大きな意味を感じないと思う」
「一方で、北朝鮮に追従する『主体思想派』と呼ばれる勢力にとっては、民族統一を重要視してきた自分たちの存立基盤が揺らぐ事態で、混乱しているはずだ。北朝鮮と一体感が強い集団は正恩氏の発言を合理化する理屈を考えるだろうが、それ以外の民族主義者は疑問や距離感を抱き、北朝鮮の影響力は弱まっていくのではないか」
韓国の民主化運動を主導した「運動圏」の人は、北朝鮮への共感が強いといわれる。
「日本の植民地支配を受けた影響もあり、70~80年代の韓国は大部分の若者が民族主義に呼応する雰囲気だった。当時、私はそんな情緒に合う運動論理を考えて文章を書き、世に広めた。だが、その後の韓国社会は民族主義のせいで北朝鮮を冷静に見られないなど、否定的な影響が大きかった。私も責任を感じている」
優先すべきは北朝鮮の民主化や南北間の平和
現在の南北統一に対する考えは?
「私は統一ではなく北朝鮮住民の人権改善のために活動している。いつかは統一が実現すればいいが、北朝鮮の民主化や経済発展、南北間の平和を優先しなければいけない。北朝鮮の問題は普遍的な人権の問題。民族主義の観点でのアプローチは間違いだと思う」
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金永煥(キム・ヨンファン)
1982年入学したソウル大で学生運動に加わり、運動理論を平易に書いたパンフレットが大きな反響を呼んだ。北朝鮮の主体思想を指導理念とする地下組織で活動し、91年には秘密裏に北朝鮮に渡って金日成主席に会ったが、硬直した社会の実情に疑問を抱き転向した。90年代後半から北朝鮮の民主化活動に取り組み、拠点の中国で拘束されたこともある。北朝鮮民主化ネットワーク研究委員。