【舛添直言】GDPでドイツの後塵、なのに減税議論ばかり岸田内閣の頼りなさ 世界競争力ランキングも転落、日本経済の長期低迷を傍観するだけなのか(JBpress 2023.10.28(土))
舛添要一 国際政治学者
臨時国会が始まり、与野党の論戦が続いているが、岸田首相が執着する「減税」が話題の中心となっている。10月のマスコミ各社の世論調査では、内閣支持率は軒並み「過去最低」を記録しており、SNS上では岸田首相は「増税メガネ」と揶揄されており、それを気にしたのか、経済対策の中心として減税や給付金支給を前面に打ち出したようである。
しかし、日本経済は1990年代初めのバブル崩壊から低成長が続いており、「失われた30年」になろうとしている。
GDPでドイツに抜かれ、3位から4位に転落
IMFの予測によると、2023年の日本の名目GDPは、ドイツに抜かれて3位から4位に転落するという。ドルベースの数字なので、円安、さらにドイツの高い物価上昇率も影響を考慮する必要があるが、日本の経済力の長期低落傾向の表れでもある。
具体的には、日本は前年比0.2%減の4兆2308億ドル(約633兆円)で、ドイツは8.4%増の4兆4298億ドルである。1位のアメリカは26兆9496億ドル、2位の中国は17兆7009億ドルとなっている。
「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と激賞された日本は輸出攻勢により、日米経済摩擦を引き起こし、1985年にはプラザ合意を迫られ、急速な円高に方向転換させられた。この1985年の名目GDP世界ランキングを見てみると、1位がアメリカで4兆3390億ドル、2位が日本で1兆4274億ドル、3位がドイツで6610億ドル、4位がフランスで5576億ドル、5位がイギリスで5372億ドルであり、中国は8位で3101億ドルであった。
それから約40年が経つが、その間にアメリカはGDPが6倍以上に、中国は5倍以上になっているが、日本は3倍にしかなっていない。
プラザ合意の後、対米経済摩擦解消のため、日本政府は公共事業の拡大など内需主導型経済に転換し、日銀は金融緩和策を講じた。その結果、マネーサプライが増え、ジャブジャブと溢れたお金が株や不動産に流れ、バブル景気となった。1986年12月頃に始まったバブルは1991年2月頃まで続いた。
翌年の1992年の名目GDP世界ランキングを調べてみると、1位がアメリカで6兆5203億ドル、2位が日本で3兆9883億ドル、中国は9位で4921億ドルであった。その当時と比べて、アメリカも中国もGDPは4倍超になっているのに、日本は1割弱しか伸びておらず、低迷が顕著である。
要するに、バブルが崩壊して以来、日本経済は冬眠しているような状態が続いているのである。以上の統計は、まさに日本の「失われた30年」を雄弁に物語っている。
日本の競争力も過去最低の世界35位
スイスの国際経営開発研究所(IMD)が、「世界競争力ランキング2023」によると、日本は64カ国中、過去最低の35位であった。昨年は34位であったから1ランク低下している。
1位はデンマーク、2位はアイルランド、3はスイス、4位はシンガポール、5位はオランダである。
アジア・太平洋地域をとってみると、14カ国中11位である。1位はシンガポール、2位は台湾、3位は香港、4位はオーストラリア、5位は中国である。
ランキングは、(1)インフラ、(2)経済パフォーマンス、(3)政府の効率性、(4)経営の効率性の4つの要素の総合である。(1)は過去最低の23位、(2)は26位、(3)は42位、(4)は47位で過去最低の2020年の55位から回復しているが、まだ低迷している。
特に(4)の経営の効率性については、その中身として、「生産性と効率性」が54位、「経営慣行」が62位、「姿勢・価値観」が51位と低く、「財務」が17位、「労働市場」が44位である。
さらにそれを構成する指標を検討すると、世界最下位の64位にランキングされているのは、「企業の機敏性」、「起業家精神」、「国際的な経験」、「国民文化」、「ビッグデータ、アナリティクスの活用」である。
また、(1)のインフラについて見ると、「依存症比率」が64位、「デジタル/テクノロジー・スキル」が63位、「語学力」が60位、「管理者教育」が60位、「携帯電話料金」が59位と下位である。
以上概観しただけでも、日本企業の問題点が浮き彫りになっている。
労働生産性も過去最低
次に、日本生産性本部が発表した「労働生産性の国際比較2022」によると、2021年の日本の時間当たり労働生産性は(就業1時間当たり付加価値)は49.9ドルで、OECD加盟38カ国中27位であった。これも、データが取得可能な1970年以降で過去最低の順位である。
一人当たり労働生産性(就業者1人当たり付加価値)は、8万1510ドルで、これも1970以降で最低の29位である。
日本の製造表の労働生産性(就業者1人当たり付加価値)は、9万2993ドルで、主要35カ国中18位である。
労働生産性が低い業種は宿泊・飲食サービス業、医療・福祉事業であり、これらの業種では人手不足が目立っている。逆に労働生産性が高い業種は不動産業、電気・ガス・水道、金融・保険業である。
この生産性の低さの背景には、効率的に仕事ができていないという問題がある。また、年功序列制度も問題である。
デジタル化の遅れ
なぜ「失われた30年」と言われるように、この30年間、日本経済は低迷してきたのか。様々な理由が考えられるが、原因の一つに、ICT(Information and Communication Technology、情報通信技術)への投資を怠ったことにある。欧米先進国に比べて極めて少なく、これが欧米に大きく後れをとったことの背景にある。
マイナンバーカード騒動でも分かるように、日本のデジタル化は世界から遅れている。また、自動車のEV化も遅々として進んでおらず、中国にも差をつけられている。三菱自動車が中国市場から撤退した理由も、ガソリン車では対抗できないからである。
5月に韓国を訪問したが、ホテルに滞在しても、スマホを使用しても、日本でよりも韓国でのほうが、はるかに使い勝手がよい。タクシーもEV化が進んでいる。韓国は、デジタル化のためのインフラ整備で世界最高の水準に達している。
21世紀になってから、経済成長率は、常に韓国のほうが上である。たとえば、7.73% vs 0.04%(2002年)、3.69% vs 0.02%(2011年)、2.91% vs 0.64%(2018年)といった具合である。
さらに言えば、韓国では物価上昇以上に賃金が上がってきたので、国民の生活が向上してきたが、日本では逆で物価上昇に賃金が追いついていない。そのために生活が豊かにならないのである。
日本経済研究センターの試算によると、一人当たりのGDPは、2022年は日本が3万3636ドルで、これは台湾の3万3791ドル以下である。2023年は、日本が3万3334ドルで、韓国の3万4505ドルに抜かれるという数字が出ている。
韓国は、半導体、電池、電気自動車、コンテンツなどの先端分野に大胆な投資を行っており、その効果が出てきたのである。それが生産性の向上に繋がったと言えよう。今、日本も政府の支援で半導体産業に梃子入れしているが、台湾や韓国を巻き返すのは容易ではない。
デジタル化の遅れは、人材養成の遅れである。2030年には約80万人のIT人材が不足するという。韓国や台湾に比べて、この点で大きな差がある。また、技能を持った高齢者の活用も考慮する必要がある。
旧式のシステムに固執する企業が多いのも問題である。
また、「和を以て貴しとなす」という同調圧力も新技術の開発にはマイナスとなる。個性の強い独創力のある人材を許容する社会へと変わらねばならない。さらには、系列企業内で生産を行うのではなく、アウトソーシングを積極的に行ってコストダウンをする必要がある。ビッグデータのさらなる活用も課題である。
構造的改革に挑戦を
日本経済の長期低落は、デジタル化の遅れのみならず、様々な原因による。
たとえばバブル、そしてバブルの崩壊をもたらした「護送船団方式」と言われる官庁の行政指導、官民の癒着は今も続いているのではないか。マイナンバーカードの失敗も、グランドデザインを欠く役人が構想したからではないのか。規制第一に考える官僚の発想で上手くいくはずはない。自由な考え方で青写真の描ける民間の人材を活用しなかったツケが来ている。
規制緩和はもっと大胆に実行せねば、民間の活力は生まれない。市場から退出すべき競争力のない企業を補助金で守るような愚は止めねばならない。新しい分野に挑戦するスタートアップ企業をもっと育成すべきである。
2019年末から新型コロナが流行し、政府主導の感染症対策を余儀なくされた。補助金など大幅な財政出動である。また、2022年2月にはロシアがウクライナに侵攻し、輸入に依存する原油や食料品などの価格が高騰した。ここでも財政出動である。それに加えて、中東情勢が緊迫化している。
この緊急事態がいつまで続くかは分からないが、日本の旧弊を一掃するという課題に果敢に挑戦することこそ、岸田内閣の最重要課題でなければならない。