「地球の健康」を考える 自然との共生取り戻す時(毎日新聞 2023/5/4)
新型コロナウイルス感染症の影響が収まりつつある今、忘れてはならないことがある。開発に伴って動物から人へのウイルス感染が広がってきたという歴史的な事実である。
これまでに確認された新興感染症の7割以上が動物由来とされる。新型コロナもコウモリからうつったとの説が有力だ。背景に、森林伐採などの環境破壊がある。
古来、人は自然と共生してきた。動植物を食料や燃料にしながらも、乱獲には至らなかった。動物とも適度な距離を保ってきた。
ところが、産業革命以降、資源を求めた大国が植民地を広げ、開発を進める過程で、多くの自然が破壊された。
「第6の絶滅期」に直面
地球温暖化の影響も深刻だ。各地で甚大な災害が頻発し、生態系にも大きな打撃となっている。
約800万種いるとされる動植物のうち、100万種が絶滅の危機に直面する。約6600万年前に恐竜が姿を消した時に続く「第6の大量絶滅期に入った」と言われる。
第5期以前との違いは、人間の活動が原因であることだ。森の伐採や海の埋め立てによって動植物の生息地を奪い、プラスチックごみなどの有害物質を拡散した。
生物全体が危機に瀕する事態に、専門家たちは「プラネタリーヘルス」という概念を提唱する。人類と地球の健康は切り離せないという考え方だ。
地球上では、多様な生物が互いを利用したり支え合ったりしている。単細胞の生き物から進化を遂げた歴史を振り返れば、多様性こそが生命の源泉といえる。
現代化した今日の社会も、自然抜きには成り立たない。食料から工業製品、医薬品まで、動植物の恩恵は計り知れない。
地球の健康を保つには、自然を消費するだけでなく、共生を目指すことが求められる。
古くから日本で受け継がれてきた自然観が参考になる。
西洋文明では、自然を人の役に立つ資源と見なす傾向がある。日本では、人は自然の一要素であり、生きものと一体だと捉えてきた。「木や石などにも魂が宿る」と考えるアニミズムにも通じる。
日本の原風景である「里地(さとち)里山(さとやま)」は、原生的な自然と都市の中間に位置し、人々の暮らしの場になってきた。周囲の自然から恵みを受け取る一方、里山の奥にある森林には立ち入らなかった。
その結果、江戸時代末期までは、中型・大型動物が絶滅することはなかった。
生物多様性に詳しい岩槻邦男・東京大名誉教授は「近年、絶滅危惧種が増えているのは、自然が病んでいることの象徴といえる。このままでは人も病んでしまう。経済優先のライフスタイルを続けても大丈夫なのか、問い直してみてほしい」と訴える。
人の関与がカギを握る
自然と共生するヒントはある。
草原は希少な動植物の生息地の一つだ。茅(かや)刈りや野焼きなどの手入れをしなければ失われてしまう。ところが、草原を利用する人の減少や地域の高齢化によって、手入れが十分に行き届かない場所が増えている。
群馬県みなかみ町では、長らく草原の野焼きが途絶えていた。首都圏の人たちが集まる市民団体「森林塾青水」が、地元住民とともに2004年に復活させた。
例年、雪解けに合わせて野焼きを実施する。草原に広がる赤い炎が、春の風物詩となっている。団体の北山郁人代表は「生態系の豊かさを守るため、人が管理しなければならないという現実がある」と説明する。
共生を進めるには、自然の「健康状態」をチェックすることも重要だ。久保田康裕・琉球大教授は、全国の生物に関する情報を収集したビッグデータを使い、動植物の生息状況を確認したり予測したりできるシステムを構築した。
住宅地に在来種の木を植えた場合、生物多様性の観点でどのような変化があるかなど、きめ細かく調べることができる。
久保田さんは「科学的な根拠に基づいた生態系保全を日本が率先して進めれば、世界のルール作りを先導できるはずだ」と話す。
生物多様性の減少に歯止めをかけ、さらに回復させる「ネーチャーポジティブ」という考え方が、世界に広がっている。人と自然の共生を取り戻すために何ができるのか。みどりの日に考えたい。