茂木健一郎「メタバース=ビジネスチャンスという幻想」定着は厳しいと分析するワケ(週刊SPA!編集部 2023年02月01日)
―[日本の忖度社会にNO!]―
コロナ禍で自粛生活、円安進行で物価高、高齢化に伴う医療費負担の増大……。多くの人が「仕方がない」と受け入れてきた閉塞感は、なぜ解消できないのか? 同調圧力に屈することなく、堂々と「NO」を突きつける気鋭の論客たちが日本の忖度社会を打破する処方せんを提示する。
茂木健一郎「メタバースはビジネスとしても脳科学の観点からも不完全」
「経済財政運営と改革の基本方針2022」(骨太方針2022)において、成長の柱のひとつに掲げられた「メタバース(仮想空間)」。NTTグループが600億円を投じて専門の子会社を設立するなど、日本経済復活の切り札として、各企業も迎合を求められている。
しかし、「現状では国内におけるメタバースの普及は絶望的」と言い切るのが脳科学者・茂木健一郎氏だ。メタバースはアバターでさまざまな疑似体験も可能だが、茂木氏は脳科学者らしい観点からこれを「身にならない」と否定。
メタバースは脳への刺激としては不十分
「各企業がこぞってメタバース内での旅行先やショッピングモールなどを作ろうしていますが、個人的には“オンラインゲーム”の枠から抜け出せていない印象です。脳科学的な観点としては人間の“五感”すべてを刺激できるのかが疑問。最近、脳科学の分野では脳と腸の強固な繫がり、『脳腸相関』に注目が集まっています。
例えば、旅行に行って現地のものを食べると腸が吸収し、それが脳に残り価値になる。しかし、メタバース内で旅行しても食事はできない。嗅覚や味覚をメタバースで体現するための研究も行われていますが、視覚や聴覚に比べ物質が数万以上もあって複雑。
ですから、ニオイと味のリアルさを出すのは不可能に近く、脳への刺激としては不十分と言わざるを得ません」
メタバース愛好家、脳や私生活に弊害か
実際、メタバース愛好家のなかには脳や私生活に弊害が出ている者もいる。
「ある高校生がバーチャルのアニメキャラクターにハマり、『彼女をどこに行くときも一緒に持ち歩いていて、愛している』と言っていました。それから最近はバーチャルセックスだけで満足する男子もいるみたいで、当然それは子孫繫栄には繫がらない。
もちろん、人間の脳を進化させる過程でそういった事象もあるでしょうが、偏りすぎると人間としての本能が失われていってしまう怖さがあります」
メタバース=ビジネスチャンスという幻想
また、茂木氏はメタバースを15年前の失敗を例に、「二の舞いになる」と話す。
「’07年に誕生した仮想空間の『セカンドライフ』も、自分のアバターを作りネット上で交流ができると話題になり、一気にユーザーが増えました。人間の脳は新しいものに興奮して飛びつきますが、飽きるのも早い。接続速度低下による不具合も重なり、1年後にはブームは下火に。
セカンドライフ登場時にコンセプトはすでに出尽くしており、当時を知る人間からすればメタバースにコンテンツとしての新鮮さは皆無です」
’21年10月、アメリカのフェイスブックが社名をメタに替え、メタバース事業に100億ドル以上の投資を発表。これには大いに注目が集まったが、今年8月に同社のCEOのマーク・ザッカーバーグ氏が公開した開発中のアバター画像に落胆の声が殺到した。
「高校生でも作れるようなクオリティで、期待はさらに下落しました。以前もメタは『リブラ(現ディエム)』というデジタル通貨をつくりましたが、それも大コケの結果に。メタは新しいことをやると、ことごとく失敗してしまっている。大人だけでなく、若い世代の意見も取り入れないと、成長し続けるスキームを作るのは難しい」
コンテンツが揃っても廃れてしまうのは容易に想像できる
メタバースという言葉の広がりとは裏腹に、世間への浸透にも疑問符がつく。
「TikTokやTwitter、動画配信サービスなどが飽和状態のなか、ユーザーの可処分時間の奪い合いにメタバースが入っていけるのかも疑問です。メタバースは体験するためにVR用ゴーグルやデバイスを揃える必要がある。
ユーザーが少ないなかでメタバースのコンテンツが揃っても、価格競争が起きて廃れてしまうのは容易に想像できます」
とにかく流行らせたい大人の思惑が透けて見える
矢野経済研究所によればメタバースの市場は、’22年度の約1830億円から、4年後には1兆円まで拡大する見込みだが……。
「数字だけ見ると、とにかくはやらせたい大人の思惑を感じますね。現実をメタバースにリプレイスするという発想は古いし、物理的な制約に縛られすぎています。別次元ではなく、現実社会でビジネスや私生活の場面で助けてくれる拡張機能のようなメタバースのほうが求められている。そうしないと、’23年以降の定着は難しいでしょうね」
IT業界の異端児、マーク・ザッカーバーグでさえビジネスに生かし切れていないメタバース。果たして日本企業に光明はあるのか。
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【茂木健一郎】
’62年、東京都生まれ。脳科学者、作家、ブロードキャスター。’21年より、屋久島おおぞら高等学校の校長に就任。著書に『脳と仮想』(新潮社)、『クオリアと人工意識』(講談社現代新書)など