沖縄の「水の汚染」 高濃度の有害物質検出も…調査に地位協定の壁(毎日新聞 2022/9/9 18:00 最終更新 9/9 18:00)
沖縄県で近年、米軍基地周辺の河川や湧き水から高濃度の有害物質が検出され、問題となっている。生活に直結する「水の汚染」に住民の不安は募るが、原因を突き止めるための基地内の調査は、基地の管理権を米軍に認めた日米地位協定が壁になって実現していない。政府は地位協定の改定に後ろ向きだが、11日投開票の知事選では各候補とも現在の協定のあり方を見直すよう求める。
キッチンには浄水器、風呂場には浄水機能を備えたシャワーヘッド。宜野湾市で幼い息子3人を育てる豊田絵里奈さん(39)はこの数年で「自衛」のための装置を次々と付けた。基地周辺で発がん性が疑われるPFOS(ピーフォス)などの有機フッ素化合物が検出される事態が相次いだからだ。「水は毎日使い、子どもの健康に影響する。自分たちで気をつけるしかない」
2016年1月、県企業局は米軍嘉手納基地(嘉手納町など)周辺の河川や井戸から高濃度のPFOSが検出されたと発表した。河川から取った水は浄水場を経由して家庭へと送られており、市民には不安が広がった。豊田さんが浄水器を設置したのはこの時だ。
20年4月には豊田さんが暮らす宜野湾市の中心部にある米軍普天間飛行場から、PFOSを含む泡消火剤が大量に流れ出す事故が起き、泡が住宅街を浮遊した。豊田さんの子どもが通う保育園と同じ系列の園では泡が遊具などに付着した。
21年8月には米軍が普天間飛行場からPFOSを含む汚染水を下水道に流した。基地内にたまった汚染水の処理を巡って、日本政府が米軍と協議していたが、協議が整わないうちに放出を強行。政府や県の中止要求にも従わなかった。豊田さんはシャワーヘッドも浄水機能付きに替えた。「自分たちではどうにもできない」。歯がゆさが募る。
嘉手納基地周辺の河川からは今も高濃度の有機フッ素化合物が検出される。県企業局は浄水場で濃度を国の暫定目標値以下に薄めて、水道水として送る。汚染は普天間飛行場周辺の湧き水や、米軍キャンプ・ハンセンがある金武(きん)町の地下水などでも確認されている。沖縄の特産、田芋を育てる宜野湾市大山の畑にもそうした湧き水が流れ込む。作物への影響はないとされるが、風評被害に苦しむ60代の生産者は「基地がある限り問題は続く」と憤る。
原因は基地で使われてきた泡消火剤とみられ、県は汚染状況を確認しようと嘉手納基地や普天間飛行場への立ち入り調査を申請している。だが、調査が認められたのは事故の発生が明らかなケースのみで、日常的に続く汚染に対する調査を米軍は認めていない。日米地位協定では米軍に基地の管理権があり、県は手出しができない。13年度までは国や県が米軍との合意の下で基地内の定期的な調査を実施してきたが、それも15年に日米が「環境補足協定」を締結した後はできなくなった。
そうした実情を踏まえ、知事選では現職の玉城デニー氏(62)と元衆院議員の下地幹郎氏(61)が地位協定の改定を訴える。岸田政権の支援を受ける前宜野湾市長の佐喜真淳氏(58)も、日米両政府の担当者が地位協定の運用などを協議している「日米合同委員会」に「沖縄県の意見が反映できるよう求める」とする。
日米地位協定の問題を研究する琉球大の山本章子准教授は「改定すれば問題が解決するというわけではない」とくぎを刺す。山本さんによると、ドイツでは自治体に基地への立ち入り権が認められ、米軍に問題の改善を勧告できるが、勧告に拘束力はないという。山本さんは「解決を図るには政府間の政治案件にする必要があるが、地位協定の問題は日本では政治上の優先順位が低い」と指摘する。
宜野湾市や金武町などでは市民団体が住民の血液中のPFOSなどの濃度を調べる検査を進める。共同代表の町田直美さん(66)はこうこぼす。「水の安全まで米軍に握られている。基地の周辺で住むには命の危険に対して鈍感にならないといけないのか」
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沖縄県内のPFOSによる水質汚染
・2016年1月 県企業局が米軍嘉手納基地周辺の河川などで高濃度のPFOS検出と発表。県は立ち入り調査を求めるが、実現せず。その後、米軍普天間飛行場周辺の湧き水からも高濃度のPFOSを検出
・20年4月 普天間飛行場からPFOSなどが含まれた泡消火剤が基地外に流出し、住宅地に飛散。国や県などが基地内に立ち入り調査。9月、米海兵隊が「バーベキューが原因で消火装置が誤作動」と発表
・21年6月 うるま市などの米陸軍貯油施設でPFOSなどを含む汚水が基地の外に流出
・21年8月 米海兵隊が普天間飛行場の貯水槽に保管しているPFOSなどを含む水を下水道に放出。基地内に残る汚染水は防衛省が処理費約9200万円を負担し、焼却処分