日銀・植田次期総裁のもとで大幅な円高へ転換か…榊原英資

参議院の所信聴取で答弁のため挙手する日銀総裁候補の植田和男氏=2023年2月27日、国会内 政治・経済

日銀・植田次期総裁のもとで大幅な円高へ転換か(論座 2023年03月22日)

榊原英資 (財)インド経済研究所理事長、エコノミスト

植田和男元日本銀行審議委員の日銀総裁就任が決定した。4月9日に就任する植田氏は戦後初の学識経験者の出身。任期は5年、ただ、前任者の黒田東彦氏は2期10年務めている。従来、日銀総裁は通常の場合だと財務省出身者と日銀出身者が交互に務めていた。黒田氏は財務省出身、その前任は日銀出身の白川方明氏だった。このパターンに従えば、黒田氏の後は、2018年から日銀副総裁を務めていた雨宮正佳氏の就任となるのだが、雨宮氏は固辞、総裁人事は振り出しに戻った。

「サプライズ」は首相周辺の演出?

そして、政府は新しい日銀総裁に、元日銀審議委員で経済学者の植田和男氏を起用することを決定した。植田氏はマサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号を取り、長く東京大学で教鞭をとり、1998年に日銀政策委員会審議委員に就任し、2005年までの7年間勤めている。戦後初の学者出身の総裁の誕生、副総裁には、財務省出身で前金融庁長官の氷見野良三氏と、日銀理事の内田真一氏が充てられる。学者出身の総裁のもとを財務省、日銀のベテランで補佐するという体制を固めた。

植田氏の任命は多くの人たちにとってサプライズだった。おそらく、決定したのは岸田文雄首相かその周辺。異色の日銀総裁を任命することで支持率の上昇を狙ったのではないかとも言われている。植田新総裁は金融緩和の継続を表明しているが、これに対しても「違和感なし」と首相は表明している。

黒田現総裁の10年間は「異次元金融緩和」と呼ばれる大規模な金融緩和策を維持し、景気回復を確実にサポートすることに全力を挙げた10年間だったと言えるのだろう。

黒田総裁は2023年3月10日の記者会見で自らの推し進めた金融緩和について「それまでの15年間とは様変わりしてデフレでない状況になり、雇用も400万人以上増加し、ベースアップも後押しした。日本経済の潜在的な力が十分発揮され、そういう意味では金融緩和は成功だったと思う」と述べて、自らの緩和政策を成功したと評価している。ただ、10年間を振り返り、2%の物価安定目標にいたらなかったのは「残念だ」とも述べている。

そのうえで、日本に染み付いた物価や賃金は上がらないという根強い考え方について、「この春期の労使交渉ではこれまでと違う声が聞かれ始めており、前向きな動きになることを期待している」と述べ、また、植田新総裁について「植田教授は昔から個人的によく存じ上げている、最近は金融研究所の特別顧問としてカンフェランスなどさまざまな場で議論をさせていただいた。我が国を代表する経済学者であり、また、以前の審議委員としてのご経験も踏まえ、あるいは経験も含め中央銀行の実務にも精通していると思う。組織をまとめ、日本銀行の使命である物価の安定と金融システムの安定に向けて手腕を発揮していただけると期待している」と言及している。

1ドル120円に向けて動きが加速か

2月24日衆議院、そして27日に参議院で所信聴取が行われ、植田氏は黒田総裁の下で続けられている大規模な金融緩和を適切な手法だと評価したうえで、引き続き緩和を継続する姿勢を示した。

衆議院で植田氏は金融緩和について、「さまざまな副作用が生じているが、経済、物価情勢を踏まえると、2%の物価安定目標の実現にとって必要かつ適切な手法であると思う。これまでの日銀が実施してきた金融緩和の成果をしっかりと継承し、積年の課題であった物価安定の達成という総仕上げをおこなう5年間としたい」と語っている。

また、参議院では、「我が国の経済や物価情勢の現状や先行きの見通しにもとづけば、現在、日本銀行がおこなっている金融政策は適切であると考える。金融緩和を継続し、経済をしっかり支えることで企業が賃上げをできるような経済環境を整える必要がある」と表明した。

さて、日本経済だが、2022年度、23年度、24年度は景気回復が軌道にのり、1.3%~1.5%と、従来より高い成長率が達成されるとの予測が一般的である。日銀は既に金融緩和策を昨年12月に修正し、引き締め策に転じている。おそらく、23年度はさらにその流れが勢いづいていくのだろう。エコノミスト43人を対象にした2023年1月の調査によると、7月までに約半数が引き締めに転ずると答えている。

いよいよ日本も欧米のように引き締めに転ずる中でおそらく大幅な円高が進んでいくことになるのだろう。一時、1ドル150円近くまで円安になっていたレートは、既に1ドル132を超す円高になってきている。今後、緩やかに1ドル120円に向けての動きが進んでいくのだろう。かつて、円安は輸出を増加する効果があるとそのプラスを評価する声もあったが、企業の国際化が大きく進んだ現在、円高こそが日本、そして、日本企業にとってプラスだと言える。