(社説)麻生氏と原発 現実を見ていないのか(朝日新聞 2023年1月19日 5時00分)
あまりに粗雑な事実認識と、事故の重い教訓を忘れたかのような姿勢に驚く。原発という重要な政策をめぐる有力政治家の放言であり、看過できない。
自民党の麻生太郎副総裁が、「原発は危ないというけど、原発で死亡事故が起きた例がどれくらいあるのか調べたが、ゼロだ」と述べた。後援会で講演した際、原発活用の利点や安全性を強調する中で飛び出した。
だが、事実はそうではない。04年に関西電力美浜原発で配管が破損、蒸気が噴出した事故で5人が亡くなった。99年には核燃料加工会社「JCO」の東海事業所で臨界事故が起き、被曝した2人が死亡している。
忘れてならないのは、11年の東京電力福島第一原発の大事故だ。放射性物質がまき散らされ、最大で十数万人が住み慣れた地を追われた。逃げる途中や長期にわたる避難生活で、健康状態が悪化した高齢者らが多数亡くなったほか、将来を悲観し自ら命を絶つ人も相次いだ。こうした「関連死」は、福島県内で2千人を超える。
麻生氏の発言について会見で問われた松野官房長官は、「原子力発電所において直接放射線障害で亡くなった事例はないと認識している」と指摘した上で、JCOの事故や原発敷地内での労災事故に触れて「死亡事故は発生している」と語った。
麻生氏の発言を補足し、修正を試みたのだろうが、それで済む話ではない。福島の事故をめぐっては、13年に自民党政調会長だった高市早苗氏が「死亡者が出ている状況ではない」と述べ、地元の激しい反発を招いて撤回・謝罪した。麻生氏も自らの発言について、公の場で説明するべきだ。
麻生氏は、岸田首相の後ろ盾として強い影響力を持つ。原発の積極活用へかじを切った政権を後押ししたかったのだろう。講演では「今もっとも安く安全な供給源は原子力」「原発を使えないなら電気料金は決定的に上がる」とも話したが、これにも疑念がある。近年は原発の安全対策費が上昇し、経済面の優位性は揺らいでいる。
政権が昨年末にまとめた原発に関する新方針は「事故への反省と教訓を一時も忘れず、安全神話に陥ることなく安全性を最優先することが大前提」とうたう。だが、誤った認識をもとに政策の正当性を強調し、福島の事故で被災した人々の心を傷つける麻生氏のあけすけな物言いを聞くと、空々しく響く。
原発が抱えるリスクと課題を直視することは、政権に課せられた最低限の責務である。麻生氏の発言を放置するのか。岸田首相の認識と指導力も問われている。